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番契約

 αの孫を望む桐生の両親からの催促からも解放されたのもあるだろう。桐生には兄もいるが、その兄もアメリカにいてまだ未婚だ。 「お前も好きにしたらいい」  桐生はそう言っても、そんな気は起こらない。 「私はあなたを番にしたいと思っています」  もう8年も一緒にいるのだ。  桐生以上のαには未だ出会ったことはない。 「そんなこと言ってるから……」  切ったばかりの電話が再び鳴りだす。桐生は喋るのをやめて通話ボタンを押した。目配せをして部屋を後にした。  桐生は知っている。僕が運命の番だと信じていることを。  今までも何度か言い合いをした。桐生が遊びでΩを相手にしていることは知っているし、僕を疎ましく思っていることも分かっている。けし掛けられるΩや声をかけてくるΩ。僕への当てつけなのかと怒ったこともあるが、桐生は僕にも好きにしたらいいと言ってくるのだ。  偽りの婚約者だってことはわかっている。  運命の番に出会わなければ、番になってもいいと言ったことは桐生も覚えているし、もし運命に出逢ったらお互い潔く身を引くと約束している。  だけど、『俺はお前がいい』と言ってくれたから。  それに縋っている。  桐生の立場なら僕を簡単にクビにできる。それをしないのはまだ、僕にも猶予があるということだ。 「沢木さんっ」  後ろから声をかけられて振り返る。慌てた様子の社員は僕に近づくと顔をうっすらと赤くした。  ほら、僕だってこれくらいの相手ならいるのだ。βであってもΩのフェロモンは効く。  番たいと思う相手には相手にされなくても、虚しいだけだ。  仕事は順調だ。  もうすぐ発情期が来る。  一週間の休みを取るための引き継ぎはできているし、アパートの部屋には食料も確保してある。 「桐生、私がいなくても仕事はこなしてくださいよ」  やるべき仕事は書き出してスケジュールも渡してある。  週末から休みは取ってあるが、桐生は空返事で真剣に取り扱わない。 「変わりはいるから大丈夫だ、それより、兄が来る」 「え?」  兄が来る?  桐生は持っていたスマホの画面をこちらに向けた。そこにはメールで、17時に着くと短く書かれていた。  アメリカに住んでいる桐生の兄。同じアメリカでも州が違えば簡単に会うことはない。  8年も一緒にいてもスケジュールが合わなくてすれ違いになってしまい、会ったことは無い。 「私は抑制剤をもらいに行きますから早めに退社します」  今回もすれ違いになってしまう。 「和人兄はお前に会ってみたいと言ってたんだが」  桐生は残念だなとつぶやいて、スマホに沢木はいないと返信を打った。 「私もお会いしたいのですが、予約が取ってあるので仕方がありません。数日滞在されますか?」 「お前は発情期が近いだろう。無理はやめておけ」  桐生は首輪を指差した。

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