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番契約

「沢木っ」  桐生の大声が響いて、腕を伸ばすとその腕を引かれて、桐生の胸に飛び込んだ。周りから守るように桐生が抱き止めて、「すまない。車はもらって行く」と言って、ドアの開けられた後部座席に僕ごと乗り込んだ。  桐生が誰かに謝ったけど、それが誰かは分からなかった。  甘い香りが溢れている。 「き、きりゅう……」  桐生に抱きついたままスーツをぎゅっと握り締める。  耳の後ろから心臓の音が聞こえる。ぎゅうぎゅうと桐生を抱きしめる。 「ああっ……き、桐生っ」  呼びかける声にも熱がこもる。 「沢木、抑制剤はどうした」  桐生の声も熱を持っている。Ωのフェロモンに桐生も煽られている。 「ない、オフィスの机の中」  荒い息をつぎながら答える。  車は静かに走り出している。 「き、きりゅ、早く」  早く僕を閉じ込めて、閉じ込めて欲しいけど、今すぐ桐生が、欲しい。  僕のフェロモンと桐生のフェロモンが車の中に充満する。それが余計に互いを昂らせる。  発情期だ。  狂うことはほとんど無いから油断していた。  ああ、どうして。  熱い。熱い。  桐生のスーツを握りしめてその胸に顔を埋める。  桐生もぎゅっと抱きしめている。  力を緩めるとこの熱に飲み込まれてしまう。 「アパートに、ある」  自室の机の中にも薬はある。  甘い熱に身体がぐずぐずと溶け出す。  このαが欲しいと求める。  車はアパートに向かっているが、渋滞でなかなか進まない。そのせいで熱は昂って余計にフェロモンが溢れだす。 「着いたぞ」  桐生は車のドアを開けると、僕を抱きしめたまま引きずるようにして部屋に向かった。 「き、桐生っ」  アパートのドアが閉まったと同時に口付けた。両腕を桐生の首に回して抱きついた。  深い口づけは互いの唾液が混ざる。煽られた桐生が応える。  甘い熱が甘い香りをさらに濃ゆいものにする。  桐生が抵抗するように引き剥がそうとするが、発情に囚われてしまった僕は抵抗する。  このフェロモンにはαは抵抗できない。  どうか、抵抗して。  桐生が欲しいと願っていても、こんな事故で手に入れたいとは思っていない。  ずっと慕ってきた。  いつか番になる日が来ると、運命の番だと言ってもらえる日が来ることを。  僕はずっと、桐生を運命の番だと信じてきた。

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