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壊れる

 噛まれたところを桐生が丁寧に治療してくれて、ベッドに寝かされたのは0時を回っていた。  部屋の片づけも動けない僕の代わりに桐生がしてくれて、ゆっくり休めように言われて自分のベッドで目を閉じた。  身体に痛みは無かった。だけど、倦怠感と吐き気、頭痛が続いてもともと発情期の予定で取っていた休みは全部ベッドの上で過ごした。桐生は僕を気にしながらも仕事に出ていた。  番になったら発情期に悩まされることはない。発情期の症状が重い僕からすればそれは喜ばしいことだ。  だけど、Ωとしての魅力はなくなるってことだ。  発情することも、番以外のフェロモンを感じることもない。  惹かれあって番になったΩとαなら如実に相手のフェロモンを感じることができる。互いの感情をフェロモンで感じることも欲情を受け取ることもできる。  僕は、桐生を受け入れられない。  それを感じたのは、ふとした時に触れた桐生の手を振り払ってしまった時だった。桐生の香りやフェロモンを感じると吐き気がする。頭痛が起きることもあるほどだ。  秘書という仕事柄側を離れることもできない。  体調のすぐれない日は続いた。妊娠でもしたかとバース専門医に診てもらったがそれは無く、番になったばかりで身体のバランスが崩れて体調を崩すΩはいると言われた。徐々に落ち着くだろうと。  医者の見立て通り徐々に体調は回復した。  発情期のない身体になったメリットは十分あった。  抑制剤を飲み続けなくていいことと、その副反応のに悩まされることもない。仕事を休む必要もなくなって、スケジュール管理はしやすくなった。  だけど、桐生は今までよりも僕に近づかなくなった。  桐生は『事故』と言った。僕とは番になる気はなかったということだ。  出会ってすぐに偽ものの番になる約束をした。  運命の番に出会わなければ番になることも、どちらかが運命の番に出会えば身をひくと。  僕の運命は桐生だと思っていたのに、今回のことで桐生が僕の運命ではないことは明白だ。  桐生は僕に惹かれていない。  身体を合わせたのはあの一度きり。  番になった証の噛み跡は首にしっかりついている。  番にはなったけど、桐生からは一切欲望を感じない。 「桐生、来週の本社でのパーティーは月曜日の午後のフライトです」  会社の自室のデスクに座っている桐生に伝えると顔を顰めた。  パーティーは好きじゃないというのは、桐生家に取り入ろうと思惑を持った人間が近づいてくるからだ。Ωを使ってくる奴もいる。だから、昔から桐生はパーティーは好きじゃない。だけど、今回は本社の記念行事だ。系列会社の社長で息子である桐生が欠席するわけにはいかない。 「今回は仕方がありません」  言い募ると、「お前も久しぶりの帰郷だろう。ゆっくりするといい」と言い返した。 「ゆっくりする暇などありませんよ。すぐにこちらに帰って大事な商談があります」  スケジュール表を開いて予定を見せる。その資料のデータを桐生のタブレットに送る。 「日本に立つまでにこの資料に目を通しておいてください」 「わかってるよ」   手にしていたタブレットを一瞥して机に置いた。

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