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壊れる

 帰国するのは随分久しぶりだ。アメリカほど寒くはないが、スーツの上からコートを着るほどには寒い。  出資しているホテルを貸し切っての創業記念パーティー。バブル期でも無いのに盛大に行ったパーティーには子会社、孫会社まで幅広く招待してある。表向きは祝いのパーティーだが、中身は顔つなぎと人材と業績の探り合いだ。顔で笑いながら相手を注意深く観察して、人間関係を探り、今後の関係をどうするかを判断していく。 「そろそろ帰っていいか?」  もう十分だろうと桐生が耳打ちした。 「まだです」  アルコールの入っていないシャンパンにグラスを差し替えて、「酔っ払わないでくださいよ」と注意する。酒に強い桐生が酔っ払って醜態を晒すことはないが、足元を掬われることはしたくない。 「お呼びですよ」  桐生家の息子という肩書きは大きい。兄のいる身ではなおさらだ。後継に喉から手が出るほど欲しいだろう。桐生は番は居てもまだ独身だ。婚約はしているが、そんなものはどうとでもできる。  形だけの番なんて無意味でしか無いのだ。  桐生はあれから一度も触れてこないし、僕に欲情を見せたこともない。  女遊びも一切していない。操でも立てているつもりだろうか。  まだ3ヶ月。あれから一度も発情期は来ていないし、兆候もない。体調も安定している。  それは桐生も分かっているはずだ。  身体だけ、身体だけの繋がりの番。  僕は、心ごと桐生が欲しかった。  事故だなんて言ってほしくなかった。  俯きそうになって、手にしていたグラスの中身を煽った。  程よいアルコールが身体に染み渡る。  にこやかに談笑している桐生の少し後ろに並ぶ。相手の男性は子会社の社長だ。その隣には娘らしき姿があるが、「私の秘書で、番です」と僕を紹介した。僕は軽く会釈をした。  相手は表情を曇らせたが、「ご結婚はまだなのでしょう?」と一歩前にでた。 「ええ。結婚はまだですが、時期が来れば」  桐生は言いながら僕に振り返って微笑んで見せた。  これは演技だ。  僕も笑顔を返す。  分かっている。これが演技だって。  そんな時期は来ない。僕のΩは桐生を拒絶しているのだから。  相手は娘に目配せをすると、「失礼します」と離れて行った。 「いいんですか? あんなことを言って」  結婚なんて全く考えていないはずだ。 「別に嘘はついていない。時期がいつとは言っていないからな」  ほら、また。僕には微塵も興味がない。 「僕はあなたの番なんですよ」  少しアルコールが回っているのかもしれない。桐生には酔っ払うなと言いながら、自分は自制できていない。 「だから、番だと紹介しているだろう」  桐生に言われるが、「なんだ結婚したいのか?」と言われると黙るしかなかった。  結婚なんて望んでない。

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