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動き出す運命

「子どもができるほどの間柄なら、愛しているのでしょう?」  顔を上げて葉山を振り返ると、大分動揺しているのが分かった。 「彼のことは……今はそうでもないかも……」  今は、とはどういうことだろう。動揺するなんて何かあるんだろうか。 「それは、桐生に乗り換えてもいいということですか?」  自分のαよりも桐生を選べるということだろうか。 「ち、違いますっ。彰の父親のことです。もうずっと会っていないし……愛しているかどうかは分からないってことです」 「あなたのパートナーは他に番った相手がいるんですか?」  番ない相手は不倫関係なのだろうか。  他に番った相手がいて……αは優秀な人物が多い。そういう理由で番ない相手ということだろうか。 「あ、え、えっと……。ち、違いますよ。家族って、ほら、一緒にいすぎて分からなくなることってあるでしょう。彼は単身赴任中で、僕と彰だけだから……。僕は今の生活を続けます。桐生さんの元には行かない」 「そうですか。運命に囚われているのは私も同じですね。今日のことは忘れてください。気にしないで。あなたはこれまで通り生活してください。どうか、桐生のことも忘れてください」  桐生も僕も運命に囚われている。運命に振り回されている。  お互い出会ったことを忘れて新しい相手を探した方がいいのかもしれない。  このまま桐生からも離れて新た強い相手を探すのも一つの答えかもしれない。  ため息をこぼすと車を再び動かし、Uターンすると葉山の言った住所へと向かった。  言われた住所には鉄階段の古びたアパートがあり、周りは住宅街だった。こんなところに親子で生活しているんだろうか。どう見ても独身者用か学生の一人暮らし用だろう。  番のαはこんなところに自分の子どもを住まわせているんだろうか。  車をアパートの前に停めると運転席から降りて後部座席のドアを開けた。鞄を預かって部屋の前まで送った。 「あの、ここで大丈夫です」 「困ったことがあれば連絡してください」  お互い忘れようとは言ったけど、手を差し出さずにはいられなかった。  鞄を渡して胸ポケットから取り出した名刺を渡す。葉山は名刺など持っていないだろう。  「葉山、友紀さん」  玄関横の表札には名前が記されていた。  すぐに車に乗り込んで桐生の待つホテルへと帰った。  桐生の部屋に向かう。 「送ってきましたよ」  ソファーにだらしなく寝転んだ桐生に声をかけると視界を遮るように顔に置いていた腕を上げて、「それで?」と聞いてきた。 「何が聞きたいんですか?」  終わったと言われた相手の何を聞きたいのだろうか。  聞いてももう手を伸ばすことはできないだろう。  桐生の2年間に終止符が打たれたのだから。 「これからどうする?」  気だるげに起き上がるとワイシャツのボタンを外した。  どうするかと僕に聞かれても桐生の心次第だろう。  期待してもいいのだろうか。

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