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動き出す運命

 受け入れられなかった場合を想定していなかった。  番として、番として側にいられるのだろうか。  関係は少しでも変わるだろうか。  ソファーの下に無造作に落とされた桐生のネクタイを拾おうと伸ばした手を桐生が掴んだ。  ドキッとする。甘い桐生の香りがする。  ブワッと広がって、その香りに包まれると同時に、「うっ……」口元を抑えて身体を引いた。桐生は苦笑いで手を離して、「シャワーを浴びてくる。今日はもういい」と言って僕の横をすり抜けてバスルームへと向かっていった。  どうして桐生を受け入れることができないのだろう。  桐生も無理には求めてはこない。  初めての時の一度きりだ。番になって発情期はないから発情期に頼ることもできない。  葉山に話したように僕が身を引くのが一番いいのかもしれない。  桐生は前のように寄ってくるΩを相手にすることもできるし、新しい出会いもあるだろう。僕が側にいてそれを邪魔することになるんじゃないだろうか。  思い切って桐生と離れて、知らない場所で新たに生活を始める方がいいのかもしれない。  だけど、今こうして僕にその欲を向けてくれた。甘い香りで僕を包み込んだ。  それは、僕を求めてくれているということだろう。  どうして桐生の欲を強く感じると吐き気や頭痛が起きるのかいまだに分からないし、バース性専門の病院でも分からないと言われて吐き気どめと頭痛薬を出されるだけだった。  桐生は無理強いをしないけど、答えられないのはとても申し訳ない。  それに、身体の関係を持てば、何か変わるかもしれない。  恋人同士……番同士の雰囲気も、甘い香りに酔うこともできるだろう。  心は桐生を求めているのに、身体は桐生を受け入れられない。  ソファーの下のネクタイとジャケットを拾うと皺を伸ばしてクローゼットに収めた。明日の仕事でそれまでに見ておいてもらう書類をテーブルに並べる。先にまとめておいた書類も合わせて並べる。シャワーからまだ出てこない桐生を確認すると下着と寝巻きがわりのバスローブを脱衣所に置いた。簡易キッチンのカウンターの上にミネラルウォーターを注いだコップを置いて、朝の迎えの時間を書いたメモを残して部屋を出た。

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