36 / 63

運命を対峙

「なんですこれは?」  部屋の入り口には白いA4程の紙が貼られていた。  紙には『立ち退き請求』と書かれていた。 「どういうことですか?」  張り紙での請求とは常識がない。よっぽどのことを葉山はしているのだろうか? 「えっと、このアパート独身用なんです。彰と一緒に生活していることは大家さんに承諾はもらっていたんですが、近所からの苦情が多くて……」  さっき、従妹の恋人だと言っていた男が言っていたのはこのことだろう。 「今月末とはいささか急ですけど」  張り紙を丁寧に剥がした。 「これもこちらで検討させていただきます」  葉山の相手を探して、ついでにこの件についても桐生と相談する必要があるだろう。小さな子どもを抱えているのを見過ごすことはできない。  葉山は深々と頭を下げる。 「あなたの悪いようにはしませんよ。桐生様はお優しいので」  下げた頭を不意に撫でてしまった。庇護欲を掻き立てるのはΩの性かもしれない。 「明後日、ここに迎えに来ます」  葉山に言って車に戻った。  葉山が部屋の前で見送っていたので急いで車を発進させた。 「これを」  葉山の部屋の入り口に貼られていた紙を桐生に差し出した。 「なんだこれは?」  紙の内容に桐生は驚いた声を上げた。 「葉山さんのアパートは独身用だそうです。大家には子どもと生活する了承は頂いているそうですが、近所からのクレームが再三あるらしく、不動産業者から直接立ち退き請求がきたようですね」 「これは……」 「大家と不動産業者との契約内容がどのようになっているのか確認が必要ですね。場合によっては訴訟のも雲台もありますが、あまり事を大きくしないようにこちらで対処させて頂きましょう」 「そうだな。相手のαが分かればいいんだが、それは?」 「それはどうでしょうか。葉山さんは教えて下さらないので……」  子どもは私生児だろう。あの様子では認知もされていないようだから調べても分からないだろう。 「沢木……。ユキを俺のものにできないだろうか?」  桐生は静かに言った。  そう言い出すのではないかとうっすらと思っていた。 「私はあなたの番ですよ」  言い返すと桐生は黙った。  桐生の側に、徐々に沿うように葉山が近づいてくるのが分かった。  偶然に再会して、忘れようと言い合っていたのに今日のように再会する。そして住処を失う恐れを与えて近づいてくる。  これほどの必然を与えられたら桐生だってそれに応えようとする。側に置きたくなるだろう。  自分のものにしたいと思うだろう。  想ってきたのだから。

ともだちにシェアしよう!