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運命の時
午後に迎えに行く予定で、部屋で仕事をしていた桐生に声をかけた。
「集めた資料です」
2日間で集まった資料は少ない。葉山の経歴と彰の戸籍。仕事や保育園、人間関係などをまとめた資料だ。
「相手は?」
「残念ですが分かりませんでした。DNAを採取できれば後程でも鑑定に出します。データにあるといいんですが」
αのDNAなんて調べればすぐにどの家系か分かるだろう。彰の顔立ちから日本人であることは間違い無いだろうから、探すのは容易だ。今日の話し合いで聞き出せなくても、回収したDNAを調べれば分かるだろう。
「桐生。僕は約束を果たします」
身を引く。葉山が運命を受け入れたなら、僕は身を引くのだ。
「分かっている」
桐生はいいながら資料を受け取った。
「では、迎えに行ってきます」
僕は部屋をでた。
葉山は部屋で待っていた。熱がった彰はすっかり元気になっていて、抱っこ紐に抱かれて大人しくしていた。容態を聞いても大丈夫なようだった。車は渋滞することもなくスムーズにホテルに戻ることができた。
葉山をエスコートして桐生の部屋に戻る。桐生はさっき渡した資料を机の上に広げていた。
桐生は、「これでいい」と言ってチェックを入れた資料を戻して立ち上がった。
「呼び出してすまない。子どもの様子は?」
桐生はソファーセットの向かいに葉山に座るように促した。
「すっかり元気です。心配をおかけしました」
桐生と向かい合わせに座ったのを確認して、簡易キッチンでコーヒーを入れて、子どもにひっくり返されないようにテーブルの中央に置いた。子どもにもジュースを入れてストローを刺してテーブルに置いた。
「ユキさんに番がいないことは以前お聞きしたんですが、こちらで色々調べさせて頂きました」
桐生から返された資料の中から数枚引き出すとテーブルに広げた。
その中の資料を指差して、「認知もされていないようですが、これも事情があるってことですか?」と確認した。葉山は抱っこ紐から下ろした子どもを膝に乗せていたが、ぎゅっと強く抱きしめて、「はい」と答えた。
「一昨日の彼は『行きずり』と言っていましたが、相手が分からないということはないですよね?」
行きずりで簡単に子どもができるほど、男性のΩの妊娠は容易くない。一度や二度でできるとは思えないから、行きずりの相手ではないだろう。
「名前が分かればこちらで探すことも可能ですよ。認知されれば生活もしやすくなるでしょうし、彰さんもαを優遇して入れてくれる保育園に入所することもできます。そうすれば葉山さんも仕事につくことも可能です」
認知されていない片親だけのそれも番のいないΩが保護者ではαを積極的に受け入れている保育園には入所は難しい。認知さえされれば身元は補償されて受け入れてもらえるようになる。そうすれば、葉山もアルバイトやパートではなく、正社員になれるかもしれない。
「仕事が安定すればセキュリティーのしっかりしたマンションに移住も可能ですし……」
葉山はぎゅっと子どもを抱きしめたまま俯いている。
責めているんじゃない。説明してるんだけど、と思っても言葉は止めることができない。
「生活が安定すれば精神的にも子どもも安心しますし……」
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