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辻褄合わせ

 声が掠れている。まだ首の後ろは熱い。身体もだるいから熱があるのだろう。視界を巡らせて点滴が付けられていることに気がついた。 「熱が高くて脱水を起こさないようにしている」  意識を失って高熱を出したが他に症状はなく、二日間で退院となった。解消されたΩの証でもある首の後ろには赤黒い痣が残った。  葉山の発情期が来ればすぐに番となって渡米する。  そのために桐生は仕事が忙しい。  日本には数日の予定で帰国していた。それが数ヶ月となると仕事を持ってくるのは大変だ。オンライン会議でできるものもあるが、時差などのタイムロスが仕事を滞らせる。仕事の合間に葉山の住むマンションに向かう。桐生よりも彰は僕に懐くほどだ。  葉山は夜泣きがひどいと言っていたが、生活が安定したからなのか夜泣きはなくなり、人見知りもほとんどしなくなった。  桐生との番が解消されて、吐き気や頭痛は無くなった。  桐生を中心に生きて来た今までよりも心なしか、心身ともに健康な気がする。 「しゃわぁき」  桐生の両親にもらったというなぜか寝巻き姿の白い猫のぬいぐるみが今の彰のお気に入りだ。 「沢木です」 「しゃわぁき。どーじょ」  彰は笑いながら白い塊を僕に手渡してくる。 「えっ?これ、なんでっ」  慌てて紙を広げるとそれは英語が端までびっちりと書かれた書類だった。慌てて見渡すと、僕のカバンが床に落ちていてその中から彰が引っ張り出したようだった。 「ああっ、駄目ですよ」  急いで書類を確認してカバンの中身を確認する。被害は一枚だけだったようだが、手の届くところに置いてしまったのは自分なので彰を攻められない。鞄を高い位置に置き直して、彰を抱き上げた。  今は葉山はいない。戻ってくるのは明日か、明後日か……。  夕方に桐生と食事の約束をしていた葉山を迎えにくると発情期を迎えていて、そのまま送り出して彰を預かったのだ。すっかり懐かれたとは言っても、母親を恋しがって泣くんじゃないかという不安はある。泣き止まない時はすぐに連絡をしてほしいとは言われたが、彰はぐずることもなく、夜もすぐに眠って朝まで起きなかった。朝おきた時も葉山を探すそぶりを見せたが、大好物のバナナを食べさせて朝食を取らせると公園に連れ出した。公園では散歩に連れてこられていた犬を追いかけ回して、野良猫を追いかけて、鳩を追いかけて、その彰を追いかけるが仕事だった。  昼食後にはぐっすり昼寝をして、一緒に疲れて寝てしまった。夜になってようやく葉山と桐生が戻ってきた。葉山の首には番になった証の歯形がついていた。 翌月には4人で渡米した。桐生と一緒に生活していたアパートから新居に荷物は運んであった。現地スタッフに家具の配置などは任せてあったが、葉山のこだわりで土足厳禁となった。  僕は2人の新婚生活の邪魔にならないように、近くのアパートに引っ越しした。  引っ越ししても……、「沢木、明日のスーツに合うネクタイが分からない」「日本語の解説書が見つからない」「クリーニングに出したワイシャツが足りない」など事あるごとに呼び出される。もう、一緒に生活した方がいいんじゃないかと思われるほどに。 「今日は和人兄がくる」  桐生に言われて、「この間も会えませんでしたね」と返事をした。

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