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辻褄合わせ
よく考えれば、昨日の夜だってだいぶ恥ずかしいセリフを口走っていた。発情期でもないのに。
甘やかすなんて言われて、甘やかされて、求められて、答えてしまった。なぜか許してしまった。
甘い匂いと焦ったい動きと、運命に流されてしまった。
自分の甘い匂いなんて感じたことなかったのに、最中に自分の甘さも感じた。混じり合って咽せ返るほどの香りを感じてしまった。こんなことになるなんて思ってもみなかった。
昨日の今頃はまだ、桐生の家で桐生とユキさんと彰と遊んでいて、来客の用意をしていただけだったのに。
連れ去られるなんて、自分の身に運命の番が現れること事態が驚きだったのに。こんなにも翻弄されるんて思ってないかった。
しかも、桐生の兄が相手だったなんて。
他のαにもこれまで会ったことはあったけど、こんなに惹かれることはなかった。
全部が作り替えられてしまったようだ。甘やかされて高みに連れて行かれて、『もう一度』なんて。
桐生とは一度だけあったけど、そんなことはなかった。ヒートのせいで激しく暴力に近いものではあったけど、もう一度なんて……。
両手を離してため息をこぼす。熱を持っている気がして、目の前の冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
「何してるの?」
不意に声がして顔を上げると不機嫌な顔の和人が立っていた。
「なんですか?」
「無自覚かな? すごい甘い香り出してるけど」
「え?」
自分では自覚がない。自分の香りは感じることができないから。
「こんなんじゃ心配でたまらないな」
和人は、「行こう」と言って車に向かった。手を引かれて引きずられるように急足でついていく。買い物の沢山入ったカートはモールのエントランスでスタッフに渡してしまった。
「どうしたんですか?」
電話から帰ってきて何か急ぎの仕事でも入ったのだろうか。
モールの地下に停めた車の後部座席に押し込むように乗せられて、そのまま和人が乗り込んでドアを閉めると同時に振り返った和人に押し倒された。
「ひなたは番がいないんだ。誰にでもこの香りは影響することを自覚してほしい」
早口で言って噛みつかれた。歯がガツンと音を立てた。車の中に一気に充満する和人の甘い香り。甘い香りが箍を簡単に外してしまう。発情期でもないのに簡単に甘く溶け出してしまうのは、運命の番だからだ。
「んっ……は」
噛みつかれるように口づけをされて息が苦しい。和人の胸を押し返してもびくともしない。僕のシャツを捲り上げるようにしてウエストから手が入れられて肌を撫でる。乱暴なその仕草が怖くなって、逃げようとするが、狭い車の中では身動きが取れない。
「ンンッ」
抗って暴れると荒い息を吐きながら和人が見下ろす。
「ほら、襲われ、るから」
ギラギラとした欲望が瞳には映っていて起き上がって車のドアを開けた。外から新しい空気が入って、甘い香りがかき消える。はあはあと息をして座席の下に落ちた鞄を掴むと錠剤を取り出して、口に入れた。
「襲う、つもりは、なかった。ごめん」
謝った和人が鞄から出したミネラルウォーターを飲んで、「ひなたも」と言って錠剤を渡した。
よく見る錠剤だ。抑制剤。一緒に渡された水と一緒に飲み込んだ。
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