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辻褄合わせ
即効性があるわけじゃないから、和人はそのまま車を降りて、「荷物を受け取ってくるよ」と言ってドアを閉めて離れて行ってしまった。
謝られてしまった。
無自覚に甘いフェロモンを出していたのだろうか。桐生といてこんなことは一度もなかった。あのヒートを起こした時だけだ。和人に恐怖を感じたのは2度目だ。昨日も一度感じて引いてしまった。強引すぎると恐怖を感じるのは誰も同じだろうけど、やっぱり、初めての時のことが尾を引いているのだろうか。
それに、謝られたくない。
指先が震えているのを感じて座席にぎゅっと丸くなった。
怖い。
謝られるのは怖い。それまで感じていた熱を一気に剥ぎ取られてしまうようだ。
怖い思いが一気に押し寄せて突き飛ばされるようで、心が抉られるようで怖い。
「ひなた? ひたなたどうした?」
戻ってきた和人が丸くなっていた僕を揺する。
「抑制剤が合わなかった? どこか痛む?」
心配した和人に、「な、なんでもない」と答えたけど声は震える。
「怖がらせたから……昨日も怖がっていたけど」
和人がハッとして、「襲われたことでもあるのか?」と聞いた。
小さく首を横に振った。
「襲われては、ないよ」
襲ったのは僕の方だ。ヒートを起こして桐生を手に入れた。僕の欲望が暴走したから。
「昨日は、昨日は大丈夫だった」
応えると和人は僕を起こしてすぐ横に座って、僕の肩に手を回して抱き締める。
ゆっくり求められると恐怖は感じない。昨日やさっきのように襲われると恐怖を感じてしまう。
自分の欲が相手をそうさせると思うと余計に怖い。後で謝られてしまいそうで、自分から求めて謝られる恐怖。
「『襲われてはない』ってどういうこと?」
和人に聞かれて、「襲ったのは、僕の方からだから、襲われたわけじゃなくて……」と答えた。
「それは発情期を起こしたってこと?」
「発情期だけど、起こしかけてる時に桐生に会ってしまったから。抑制剤を切らしてしまって僕が襲った」
「それで彰人がラットを起こしたんだ」
「だけど、僕が、僕が桐生を襲ったからで……だから、番に……」
「え?」
和人が聞き返す。
「それって2年前のことだよね?」
確認されて頷いた。
「ひなたって、彰人と高校生の時に出会って、婚約したよね?」
嘘の番契約ではあるけど頷いた。
「彰人とは相思相愛じゃなかったの? 付き合ってそうなったんじゃないの?」
「そ、そんなんじゃないです」
慌てて否定する。
「僕と桐生は、本当に仕事上のパートナーってだけで、僕の一方的な片思いだったんです」
「でも、番になったんだよね?」
「番にはなりましたけど」
和人は考え込んで、「確認だけどさ」と小声になった。
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