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 夏休みが終わると、学校行事で忙しい秋がやって来た。この過ごしやすい時期に、生徒たちは芸術やスポーツに力を入れる。桐野は、生徒たちに良い思い出を残すために気合を入れて張り切っているが、最近では授業をする時間を削ってまで学校行事に力を入れたりはしない。  それでも、文化祭は中学校行事の中でもメインイベントだから、少しでも心に残るようなイベントになるよう、桐野は生徒たちにやたらテンション高く発破をかけている。  うちの学校は生徒たちに主体性を持たせるために、文化祭の構成はすべて生徒が考える。教師は生徒の活動をただ見守るだけだ。芹沢と桐野は自分のクラスの生徒たちがどんな面白い発想をするか、刺激を与えながらクラスの話し合いの様子を伺っている。  本当に桐野という男は、純粋な子どもみたいな奴だと思う。まず文化祭というイベントに生徒よりも自分の方が目を輝かせながらワクワクしているのだから。  生徒を見守るどころか、自分がリーダーになって文化祭を盛り上げたいとでも思っているようなはしゃぎぶりに、主役の生徒たちが若干引いている。  芹沢はそんな桐野に軽く耳打ちしてやる。 「少し落ち着け。主役は生徒だよ。先生はあくまでもサポート役だからな」  そう嫌味ったらしく言ってやると、桐野は、ばつの悪そうな顔を芹沢に向けるから、芹沢は必死に笑いを堪えた。  桐野と芹沢たちは一緒にこのクラスを指導するペアとして頑張っている。色んな問題が多くあるが、二人で協力し合いながら学級経営をしている。まだ新米な桐野と芹沢には時に負担が大きい課題もあるが、桐野がいると思うと、それを乗り越える力が自ずと沸いてくるから不思議だ。  まだ出会って一年も経っていないのに、もうずっと前から親友のようなこの感覚は何だろう。一緒にいると安心できて心が落ち着く。こんな風に心を開いて誰かと接することを芹沢はどこかで避けていた。元々人付き合いに臆病な人間だったからこそ、こんな風に誰かと深く繋がれたことを、芹沢はやっぱり嬉しくないと言ったら嘘になる。 「よし! だいたいやりたいこと決まったな! 来週からあんま時間ないけど、放課後使って作業に取り掛かろうな!」  そう元気よく言う桐野の表情が素直に格好良くて、思わずハッとする。時折見せる男らしい表情に胸が疼くのは何故だろう? 自分は男だ。勿論それを100パーセント自覚しているのに、その瞬間は自分の性別のことなど不思議と忘れている。  最近の自分はおかしい。やっと念願の教師になれたのに、どこか体調がすぐれない。授業に集中しようと思うのに、突然頭が朦朧としてしまい思考がストップしてしまう。訳もなく体が熱くなったり、呼吸が荒くなったり、今までこんなことなどはなかったのに、自分の体が少しずつ別な何かに変わり始めているような感覚に恐怖を覚える。  今もそうだ。桐野の顔を見て胸が疼いた瞬間、体が火照り下腹部におかしな違和感を覚えた。芹沢は立っているのも少し辛くなってきたが、気合で我慢すると、クラスの会議が終わり、職員室へ向かうため桐野と一緒に廊下に出た。 「どうした? 調子悪い?」  普段は鈍感なのに、こういう触れてほしくない時に限って勘が鋭いのは何故だろう。  芹沢はそう心の中で苦々しく思いながら、心配そうに自分を真っ直ぐ見つめる桐野から目を反らした。 「悪くないよ。大丈夫だ」 「本当に? 今日は早く帰った方がいいんじゃないか? 芹沢は頑張りすぎるから」  最近は、二人きりの時は、お互いに先生を付けずに呼んでいる。その方がしっくり来るぐらいのレベルまで、二人の仲が進展したからだ。 「ああ、そうだな。たまには定時に帰ろうかな」 「そうだよ。そうしろよ。これから学際の準備で忙しくなるから。あ、なんなら俺も一緒に帰ってあげようか? ちょっと心配だから」  桐野は真面目な顔で大の大人にそんな過保護なことを言うから、芹沢はおかしくて思わず噴き出した。 「ぷはっ、やめろよ。俺はお前の子どもかよ。一人で帰れるよ」 「そうか? うーん。取り敢えず早く帰って休めよ」 「ああ。ありがとう」                     いつも自分を気に掛け支えてくれる桐野。その優しさに感謝を込めながら芹沢は礼を言うと、職員室に入り帰る準備を始めた。

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