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※ 第6話
昨日取った宿と違い、今日の宿はチェーン店らしく最低限の清潔さは確保されている。なのにモーテルへ連れ込まれた時、ヤゴはまるで想像を絶する汚物を目にしたかのような嫌悪の表情を浮かべた。
足音も高くバスルームへ逃げ込もうとした彼の腕を、フランクはすかさず掴んで引き留めた。
「さっきは助かった」
途端、振り返ったヤゴの眦にかっと血の色が上る。
「ふざけてるのか」
「いや」
そう口にしながらも、今にも笑い出しそうなほど声が震えているのは認めざるを得なかった。本気で笑いたいのか、嘲りたいのか、皮肉を感じているのならば何に対してなのかすら分からない。ただ、この感情を抑えることは出来なかった。
フランクが既に緩く勃起していると知っていながら、ヤゴは抵抗を止めない。乱暴に腕を引っ張る無駄な努力を繰り広げ、ますます怒気を露わに声を荒げる。
「なら君は間抜けだ。言いたいことがあるんだろう」
「メディナは偽名か」
「母親の名前」
続きは口にするのが非常な屈辱であるかのように、目を伏せたまま吐き捨てられる。
「トマ・イリバルネは俺の弟だ。あんたへの復讐を、家族が望んでる」
引き寄せようとした腕の動きを止めたのは、本気でその名前を記憶の中から探していたせいだ。その間にも掌の中で汗ばむ手首が、一層力んで固くなる。顔色がもはや取り返しのつかない憤怒へ染まったのは、彼も答えを知ったからだろう。
「あの砂漠で君に撃ち殺されたトニー・ダイベックの用心棒」
「ああ」
そんな名前だったかと今更知る。そもそも紹介されたのかも怪しい。この界隈は、人の入れ替わりが余りに激しい。特にそんな、箸にも棒にも掛からないようなチンピラ風情など。下手をすれば、ダイベックですら本名を知らなかったのではないだろうか。
本気で暴れ出される前に、ベッドへと引きずっていく。仰向けに突き倒した身体がマットレスの上で跳ね、深く沈み込んだところへ追い打ちをかけるよう、膝へと乗り上げることで、フランクは相手の動きを完全に封じた。
「それで、あの銃で俺のことを撃つつもりだったのか」
両腕を押さえつけ、ぐっと顔を近づける。それだけで、ヤゴは殴られるか、それ以上の酷いことをされたかのように固く目を瞑り、顔を背けた。
「どうして引き金を引いた。あのまま黙って見てれば、俺は間違いなくくたばってたぜ」
「俺自身が手を下さないと」
刑務所で研ぎ澄ましたものは山とあったが、外に出てからも役に立つのは何よりも、嘘に対する直感だった。ヤゴが嘘をついていると、今フランクは即座に見抜くことが出来た。
「そうじゃないと、復讐にはならない……!」
こめかみから目尻を経由して流れ落ちる汗が、きっちりと糊を付けた清潔なシーツへと垂れ落ち、黒い染みを作る。まだまだ彼は、抵抗を止めないつもりらしかった。もう殴られようとも構いはしない。外した右手で眼下の顎を掴むと、フランクは怒りに青ざめ震える唇を自らのもので覆った。
触れた口が未だ笑みを象っていると知ったのだろう。ヤゴはしばらく真上の肩を空いた手で押し退けようと奮闘していた。だが食い縛る奥歯の抵抗も、掛けられた力で無理矢理こじ開けられる。噛みつかれるかと思ったが、それ以上の抵抗は見せなかった。かといって、積極的な反応もありはしなかったが。
甘やかすように、フランクは縮こまった舌を舌先でつと舐めた。それから下の前歯の付け根、奥歯へと進んで下顎の窪みを。上顎を辿ってから、唇と粘膜の境目を擦り、軽く歯を食い込ませる。
愛撫と言うよりは、目の見えない者が触覚だけで物事を確かめるような探索と侵入を繰り返す。敏感な舌の腹を撫でられた時、その身体は凍り付き、肩に食い込む指の力は痛い程となった。
今更自己紹介ごっこなんて遅きに失していることは百も承知だった。けれどようやく、ムショぼけの頭が回転を始めている。これまでにないほどはっきりと、生きていることを実感できている。強い欲求は、一体何を発露としているのだろう。怒りか、性欲か、もっと根幹的な何かか――何でもいい、急き立てられるようにして走るこの快感を持続できるのならば。
拘束していた彼の右手を自由にした途端、かなりの力で鎖骨の下を殴られたが、フランクはなおしつこく相手の唇で遊んでいた。自由になった左手を肉感的な身体の輪郭に沿って撫で降ろし、デニム越しに股間を掴む。確かな質量はあったが、兆す気配は感じられない。ヤゴの喉の奥から低く心地よい音色の呻きが漏れた。飲み込むようにして開いた唇を重ね、今やすっかり弛緩した舌を奪う。最後の抵抗とばかりに、真上から押さえつける膝の下で足がもがき、くしゃくしゃになったベッドカバーをさらに乱した。
「殺せよ」
顔が僅かに離れる合間、ヤゴは囁く。粗雑で投げやりな物言いに、粘つき糸を引く唾液を引きちぎられた。
自らが言おうとしてた台詞を先回りされ、フランクは笑った。
「どうして俺を殺さなかった」
「分からない」
今度の答えは嘘ではないようだった。引きずりおろしたジッパーの間から手を突っ込まれ、下着越しに揉み込まれることで、性器はほんの少しだけ芯を持つ。それがただただ不快なのだろう。ヤゴはきつく目を閉じて、眉根を寄せている。
「こんなの馬鹿げてる」
「何もかも馬鹿げてるさ」
足の動きだけで無理矢理ブーツを蹴り脱ぐ時も、ジーンズのベルトを外すときも、酷く急いた気持ちになる。
「人が死ぬことも、死なないことも」
「君の執着も」
「あんたには分かるだろう、俺と同じ目的なんだから」
答えをヤゴは保留した。彼の両手は、フランクが着込んだシャツの肩口を毟る勢いで強く握りしめている。突き除けたいのか、引き寄せたいのかいまいち分からない。ただ掌の中のペニスは更なる固さを帯びて、今にも指の間からが先端がはみ出してしまいそうだった。その焼けるような熱に自らのペニスも重ね合わせた時、フランクは一瞬胴震いをして見せたし、ヤゴも無意識にか腰を浮かせた。
「セックスしたら、俺を殺せるかもしれないぞ」
「セックスって」
いつの間にか尻の下での足掻きが収まり、ただ時折突っ張るような動きを作るのみになる。うっすらと、ヤゴは瞼を持ち上げた。翳りを帯びた瑪瑙の目が、ドロリと融ける。恐らくは官能以外の由来で。
「ファックじゃなくて、セックスか……気に入った」
今度はヤゴの方から、かぶりつくようにして唇を求めてきた。水気の多い舌がずるりと舌に絡みつく。相手の後頭部へ手を伸ばし、無理矢理押し下げる真似すらした。髪が引きちぎられそうな痛みに、フランクは思わず息を弾ませた。
一度火がついたら積極的なことは昨日のうちに知っている。だが今や彼は、面倒を見るとかねぎらうとか言った、他人への慮りをかなぐり捨てていた。二人の身体の間へ突っ込んだ両手で、重なる2本のペニスを引き受ける。ただ筒同士を擦り合わせる遊びは、分厚く柔らかい手によって複雑な技巧へと変化した。ぬるつく雁首の括れを突いたり、掌の中で揉みしだいたかと思えば、深爪した親指で裏筋を潰される。歯を食い縛っては太い息をつくフランクの表情をずっと目で追いながら、ヤゴは笑った。興奮し過ぎた男がよく見せる、ヒステリックな女のように妖艶な笑みだった。
対抗するように、フランクも見下ろすシャツの裾から滑り込ませ、しっかり締まった腹へ手を這わす。布に閉じこめられて蒸れた肌はしっとりとした感触で、薄く生えている体毛まで柔らかく艶めかせていた。胸筋を下から押し上げるようにして鷲掴むと、波打つ肉の感触が生命を伝える。もっともっとと求め、フランクは食い込ませる指に力を込めた。
「あ……っ、なに、やってるんだ」
固くなった乳首が埋没し、押し戻される度に尖りを増す。上げられた抗議の声は所詮喘ぎ混じりなので、屁とも思わない。
「あぁっ、もう、さっさと、突っ込めよ」
「明日の朝まで、時間はあるだろ」
「はあ……?」
ヤゴの表情へ浮かんだ愕然が消えないうちに、フランクは身を屈め、括り出した淡い色の乳首をぺろりと舐めた。頭上で鋭く喉が慣らされる。
「ひ……っ! ん、っ、そこ……!」
柔く膨らんだ乳輪を指で引っ張り、胸の谷間の汗に舌を這わせ、じわじわといたぶるような愛撫へ、ヤゴは間違いなく居心地悪さを覚えているようだった。シーツへ火照った頬を擦り付け、鼻にかかった呻きを漏らしている。一度険しい眉根を指で触れてやれば、汚い物で触れられたように首が振られた。そもそも相手の手を汚しているのが、自身の先走りであるとは思いも寄らない風に。
だからフランクは、汗と老廃物の香ばしさをまだ覚えている舌と口で、額に口づける。こめかみの汗を舐め、それから薄く開かれた唇に。キスは気に入っているのか、ヤゴは受け入れた。唇をそっと噛まれ、軽く擦り付けると、おびき出されるまま舌を差し出す。突き出された状態で絡め合う下品な性戯へ、恥知らずに浸っている。脇の窪み、太い血管の走る場所をぐっと拳で押されると、舌先が跳ねて震えを帯びる。
「は、ぁ……くそっ……」
今やペニスをいたぶる彼の手つきは、すっかりおざなりになっていた。それでも勃起は十分強まり、今にも腹へと付きそうなほどにまで成長している。にこげのような体毛でざらつくヤゴの下腹に、フランクは自らの物を擦り付けた。ひくひくと痙攣する腹筋に連動するよう太腿が跳ねる。
「そ、それ、あ、んんっ……」
拠り所を失った右手が、必死にシーツを掴む。ふらふらと股間に戻ってきた左手は、固く収縮した自らの睾丸を指で転がし、幹の根本を握りしめ、その指を更なる白濁混じりの先走りで汚した。くちくちと粘つく音が、速まる呼気と絡み合って、耳へうるさい。
「出せよ」
「て、手伝って……」
フランクは股間を覆っていたヤゴの手を取ると、何度か力強く幹を擦った。ナイフで裂くように指先を滑らせたのが彼なら、亀頭の先端をぐりぐりと執拗ににじっているヤゴ自身だった。ぷくっと浮いていた玉の滴が弾き飛ばされるようにして、短いしぶきとなる。
しばらくの間、ヤゴは最後の瞬間へ走り込もうと、懸命に快感へ浸っていた。全身を硬直させ、だらりとはみ出した舌で時折乾いた唇を舐める。その間フランクは、ねだられた通りにペニスを扱き立てながら、自らのものをヤゴの体へ擦り付けていた。粟立ち湿る内股、そして焼けるような熱をはらむ股関節の溝へ挟んだかと思うと、睾丸を押し上げてやる。時には、既に体液でべとべとに濡れたアナルへ亀頭に押しつけ、軽くめり込ませた。最初こそ滑りで狙いは簡単に逸れてしまうが、やがて窄まりが微かなひくつきを見せ始めたのを、敏感な先端で知る。
中に挿れるつもりはなかった。その動きにけなげさを感じて、ぶっかけてやろうかとは思った程度で。しかしヤゴは、薄く閉じていた目をはっと見開き、はしたなく開いた自らの脚の間へ視線を向けた。手の動きが少しずつ鈍くなっていく。
ぐちょりと一際大きな音を立てたペニスから手を離すのは、相当の苦痛を伴ったことだろう。しかし彼は、乱暴に身をふりほどいた。ずり上がらせた背中を、ベッドヘッドへぶつけるようにして預ける。
「ちょっと、まって」
唾液まみれの口元を腕で拭いながら作らる上目は、潤むことで迫力を増していた。
「これ以上は……」
「いいからやらせろ」
望んでいたのとは全く違う言葉を、フランクは咄嗟に口にしていた。相手の真意を確かめるのはそれからだ。這うようにして相手を追いつめ、目を覗き込む。
「ケツを使ったことないのか」
「あるけど」
「嫌か」
口ごもりは間違いなく否定の意味だった。赤くなった耳元がひどく食欲をそそる。
「俺はない。でも、方法なら知ってる。ムショの奴も俺のやり方気に入ってみたいだぜ」
首を伸ばして外殻をかじりながら、フランクはことさら気障に囁いた。余裕ぶらないと、下腹で渦を巻く欲情は今すぐ決壊し、射精してしまいそうだった。首が竦められた途端、鼻先を擦る乱れ髪にすら、こんなにも高揚していると言うのに。
「舐めてやろうか」
「そんなことしたら君を殺すぞ」
心底悔しげに吐き捨て、膝までずり落ちていたジーンズを下着ごと脱ぎ捨て、靴や靴下とまとめてベッドから投げ落とす。二人分の分泌液で汚れた人差し指をぺろりと舐めるのは、見せつけるのではなく、己に覚悟を決めさせる為なのだろう。
間違いなくヤゴは方法を熟知していたし、自分のやりたいようにやることを好んだ。縁を軽く捲るようにしてぬめりを与え、指先を潜り込ませていく動きは慎重だった。怖がっているのかとすら思えるほどに。
しかし、彼は間違いなく勇敢な男だった。その事実を、フランクはこの2日で理解していた。自らのペニスに手を添えて、ゆっくりとさすることで固さを保ちながら、必死に取り組む横顔をつぶさに見守る。
「んっ……ふ、う、ああ、っ」
顎を引いて俯くことで声を押し殺すヤゴの分まで。一度だけ、彼は長くしなるフランクのペニスへ視線を走らせたが、すぐさま慌てて目を逸らした。
「は、いらないかも……久しぶり、すぎて」
そう言いかけて、結局首を振る。
「いや、だ、大丈夫……だから、もう少し……」
にゅぐにゅぐと指をくぐらせ、縁がめり込む度、奥歯がガチリと固い音を立てた。今まではまるで病んでいるような熱を持つ肌に蒸発し、全身を匂い立たせていた汗が、今はすっかり冷えて肩の丸みを流れ落ちていく。
抱きしめてやりたいような庇護欲と、胸をかきむしりたいような劣情が、同時に胸へ押し寄せる。
「は、ふ……あっ、あぁ、わるい、まだちょっと……」
ぽっかり丸く開き、はー、はーと必死に呼吸を紡ぐ唇の端へ口を寄せる。すぐさまヤゴは顔を向き合わせ「こっち……」と誘導した。もうまともに舌を絡めることも出来ず、ただ唇を擦り付けるだけであったにも関わらず。
指一本を股まで差し込み、ただもぞもぞと胎内でくねらせるだけ手の甲に、フランクは掌を重ねた。そのままなぞるようにして自らの人差し指を差し込む。窄まりへ触れた瞬間こそ驚いたように拒んだものの、すぐさま淡く皺が開いて、受け入れる。
「まった、や、めろって……」
彼の内臓はとてつもなく熱かった。細やかな襞が粘りの強い液体を絡めてフランクの指に纏わりつき、そのまま肉から剥がして消化しそうな勢いで蠕動する。抗するように、指の背で内臓を突き上げるように広げ、関節で擦ってやっただけで、効果は覿面だった。びくびくと跳ねる上半身の勢いで、顔が外れる。
「あ、あぁっ……」
熱い吐息が頬を叩く。自ら掘削することを止めてしまったヤゴに、フランクは爪の付け根を指の腹で擦ってやることで、促した。
「教えてくれよ」
何を、とまで言う必要はなかった。こくりと乾いた喉へ唾液を送り込むと、ヤゴはそろそろと奥を目指し始めた。踵を使い鋭くシーツに皺を刻むことで、彼はそこを教えてくれた。
追いかけ見つけた凝りを、フランクは遠慮会釈無く蹂躙した。指先で掻き毟ったと思うと、押し潰す。
「ぉ、ぁ、あ、あ、あ、いい、そこ、もっと……!」
ヤゴの悲鳴じみた嬌声と、突っ張る両足の爪先に比例し、腸液の分泌も増えるようだった。ぬちぬちと短く鋭い粘着音が高まる。フランクはもう一本中指を足して、再度内臓へ挑みかかった。ヤゴの指を挟み込むようにして揃え、差し挿れては引き戻し、時に指を広げて空白を作る。きついばかりだった締め付けが少しずつ解れ、柔軟性を持って異物を抱き竦める。
寄り添うような格好のフランクの肩へ回されたヤゴの腕は、力任せに引き寄せようと筋肉を隆起させた。落とすなよ、と吐息混じりに叩いた揶揄が聞き届けられた様子はない。ひ、と飲まれた息と同じくらい勢いよく、下腹が収縮する。肝が縮んだと言わんばかりに。実際、彼は快楽を恐怖と近しいものだと捕らえているようだった。死の恐怖に瀕した人間が勃起するように、そのペニスはびくびくと震えながら、止めどなく液体を漏らし続けている。
この男の知らない面を次々と暴いていくのは心地よかった。これは一種の刷り込みだろうか。何せ刑務所から出て以来、一番長い時間を共に過ごしている相手だ。損得勘定無しで接しながら……本当は電卓を叩くべきだった。けれど不思議と最初から、武装を解除していたのだ。彼の巧妙な親しみやすさに気を許して。
「もっと……」
精一杯身を寄せ、髭の伸びた頬を頬にすり寄せてくるヤゴの仕草は、さながら猫だった。次いで鼻を押しつけ、ちゅっと唇に吸いつく。
「は、ふふ……髭のある相手と、キスするのはいいな」
「気持ち悪くないのか」
「いや、むしろ男と寝てるのを、実感できる」
上擦った声は、笑い出したいのだろうか。それとも怯えているのだろうか。正解を知るより早く、目尻へ刻まれた皺に流れ込んだ汗が、鈍く光りながら頬へと流れ落ちていくのに、フランクは見とれた。まただ。この歯ぎしりしたいような煩悶を掻き立てられるのは。
何だって許してやる。構うもんか。
勢いよく引き抜かれた指の衝撃へ相手が立ち直る前に、両脚の間に体を割り込ませる。幹を支えて、狙いを定めた綻びへ亀頭を押し当てた。ヤゴは咄嗟に後ずさろうとしたが、結局自らの意志で踏みとどまる。
処女のような怖じ気付きだと思った。口でしゃぶる時こそ熟練の技巧を披露していたが、もしかしたら、こういうまぐわいの経験は少ないのかもしれない。
それを尋ねる代わりに、結局フランンクは、こつりと額を相手の額へ押し当てた。
「あんたを気持ちよくしてやるからな」
とてつもなく厳粛な顔で吐かれる、ひどく間抜けな台詞を、ヤゴは真剣に受け止める。泣きそうに顔を歪め、首筋へ両腕を絡めて縋ってきた。
「こわい」
そう打ち明ける声は間違いなく震えている。
フランンクは黙って、緊張しきった背中を撫でた。ゆっくりとした挿入は、慣れていない者にとると却って厳しい。だからそのまま、ずぶずぶと留まることなく腰を沈めていた。噛みしめられた奥歯から伝播する力みが逆に内臓を緩めさせ、思ったよりも反発は感じない。
指で触れた以上に、ヤゴの中は素晴らしかった。ひしとしがみつく凹凸に舐め回され、不随意に圧搾される。狭く、豊潤で、燃えている。腰が痺れるほどの良さを味わったのは、何年ぶりのことだろう。
そして、こうして誰かと肌を合わせることも――他人のペニスを根本まで受け入れ、緊張が幾らか解けた頃、ヤゴはそろそろとかじり付いていた首から手を外した。汗だくの腕が蛇のように滑り落ち、フランクの背中に回る。肩へ顎を乗せ、隙間無く身を密着させる。全身で男の肉体を味わっている。
今なら簡単に殺されてやるのに、と思えるのは、彼へ手掛ける力がないと分かっているからだ。それに、自らも欲が出てしまった。誰かに抱きしめられて幸せだった。やっとのことで、許してもいいと思える瞬間に巡り会えた。
彼と一つに溶け合えたならばどれほど幸せだろう。けれど、鎮静へと向かいつつあるヤゴの呼気と、欲情に潜める自らの息の音へ耳を澄ませば澄ますほど、ひたと押し当てた互いの胸の中で僅かにずれた拍動が刻まれているのを感じれば感じるほど、思い知らされる。裂くことは余りにも容易だ。これは馬鹿げたことなのだからと目配せし合うことで結んだ共犯関係が、二人を繋ぐ。
いつまでも待ち続けかねないフランクへ、ヤゴが先にしびれを切らす。蹴り上げるような勢いで脚を跳ね上げ、相手の腰挟むよう交差させたと言うことは、もうかなりの元気が戻ってきているのだろう。両の踵で杭でも打ち込むかの如く、とんとんと尾てい骨を叩きながら、そっと耳打ちする。
「もう、大丈夫だから……ぐずぐずしないで、気持ち良くしてくれよ」
挑発に乗るのは癪だが、作られた振動が震源地から背骨を貫き、脳を揺さぶるのも事実だった。自らの腹の中で痙攣する肉塊を知ったのだろう。宥めるように頸動脈をの辺りを撫でていた手が、ふと腹へ移る。そのままぐっと圧すことで、より一層存在を意識することを、ヤゴは明らかに愉しんでいた。
それならばもう、気遣いはいらない。肉付きの良い尻を下から抱え上げ、3分の1ほど抜けた状態にする。逆しまになぎ倒される襞へ、触れ合った肌の上で産毛がちりついている。その感覚を相手がまだ味わっている間に、ぬかるんだ場所へ一気に腰を叩き戻した。
「うぁ……!!」
無防備に開いた喉から迸る声は、間抜けっぽいからこそ興奮を盛り立てる。相手の身体をベッドヘッドへ押しつけた時、膝立ちの脚をもつれさせるようにして倒れ込んだ時点で、フランク恥も外聞もかなぐり捨てていた。獣のようにがつがつと貪る。止められなかった。更に多くを、更に深くを求めることで、脳が占められる。
欲しがっているのはヤゴも同じだった。今にもばっきりへし折れそうなベッドヘッドから身を起こし、しがみついてくる。自ら腰を振り立てることで、相手の陰毛が皮膚の薄いアナル周りに擦れるほど奥へ誘い込もうとする。くねる尻へ指を食い込ませ、フランクは沸騰したような汗が自らの額から滴り落ちていくのを、霞掛かった目で見下ろしていた。
「あっ、あああ、もっと、おく、っ!」
凝りを雁首へ引っかける動きを繰り返していたら、案の定怒りに満ちた急き立てが投げかけられる。毛を逆立てた猫の凶暴さに、フランクははしゃいだ息を零した。この男といると心が軽くなる。或いは、そういう状態を目指しても良いかなと思えるように。
反応が気にくわなかったのか、ヤゴは背中へ爪を立て、肩口に噛みついて仕返しする。ますます猫の仕草だ。そして素っ気ない仕草と裏腹、彼の直腸は貪欲に絞り取ろうとする。中へ中へと螺旋状に吸引したかと思えば、くちゃっと粘液が音を立てそうなほど勢いよく剥がれ押し戻す。
「はっ、ふ……あ、ぅあ、な、もう、いっていいか」
「ああ、いつでもいけよ」
そう請け合っても、ヤゴの動きはのろのろとしたものだった。限界まで天を突くペニスは律動によって跳ね回り、フランクの腹筋を気まぐれに叩く。しかもデコレーションされたかのように白くぬるついていたから、手は何度も掴み損ねた。ようやく捕らえたそれを、にちにちと乱暴な動きで扱き立てながら、額を眼前の肩口へ押しつける。ふ、ふ、と乱れる火のような吐息が、胸元へぶつけられ、高ぶらない男がいるのだろうか。
先ほどから時折滑り込ませる、緩やかに湾曲したその先、柔らかな肉の壁を、フランクは気まぐれに亀頭でつついた。ここを刺激されると、ヤゴはあからさまに息を詰まらせる。ぐ、ひゅうっと潰れた喘鳴に、喉を鳴らしたくなるのはフランクの方だった。
先ほど処女ぶってみせたアナルと違い、そこは正真正銘未踏の地らしい。何度目かの痙攣の後、ヤゴは「くるしい」と切れ切れの息で訴えた。
「そ、んなとこ……?」
「試せよ、どこまで出来るか」
「ぅ……」
不安を紛らわすように、ペニスを擦り立てる動きが激しくなる。埒を明けたのは、フランクが中に埋めたものの長さ分だけ、思い切り腸壁を下へと撓ませた時のことだった。糸を引きながら広げられる感覚に、ヤゴは、声一つ上げられず身を硬直させた。すぐさまそれは、射精の震えへ取って代わる。自らの身体へ彼の精液が飛び散ったとき、まるで肌に焼き付くようだと、フランクは痛みすら錯覚した。
睾丸がしぼむにつれ、ゆっくりと筋肉も弛緩していく。たった今息絶えたかのような肉体の反応は、怖気と興奮を同時に呼び起こした。
顎まで飛んだ飛沫を拭う真似もせず、ヤゴはがっくりと頭を垂らした。フランクの背中から外れた腕の末端で、指先が湿気たシーツを擦る。脚だけは辛うじて、他者に支えられずとも組み付いたままだった。
抵抗する力が失せたのをこれ幸い、フランクは最も奥へと先端を飲み込ませていた。じりじりと、慎重に。大金の詰まった倉庫をこじ開けるときですら、もっと粗暴に行動したことだろう。
気持ちよくしてやると宣言した。今度は自らの番だ。死んだような状態から共に逃げ出して、果てしなく高いところまで駆け上がろう。
マットレスの上にあぐらを掻いても、体の中に埋め込まれたままの芯に引きずられてヤゴはついてくる。糸の切れた人形宜しくだらりとした身体を抱えて揺することで、くぷ、くぷと腹の中で可能性の音がした。低い呻き声が聞こえる。怠惰にも、フランクが支える腰を支点に背中を綺麗にしならせ、顎を仰け反らせるばかり。身体が上下するたび、重なり合った濃い睫がひらひらと、昼の光を透かして輝いていた。
「もう降参か」
らしくもない軽口へ、ヤゴは唾液にまみれた唇を一度緩く噛んでから、呂律の回らない口調で訴えた。
「も、いった……久しぶり、すぎて、つらぃ」
「自分だけ気持ちよくなるなよ」
強く身体を抱き直し、無防備に晒された喉元へ唇を寄せる。今すぐ噛み裂くこと出来る場所だと知っているからこそ、ひどく慎重に口の中へと含んだ。
「あんたに受け入れてほしい」
指で叩いた先端が埋まっていると思しき場所は、あくまで当てずっぽうだった。だがヤゴは間違いなく、悦楽由来で息を逃がす。
「これが最後の頼みだ。聞いてくれたら、殺しにかかるなり何なり、好きにしろ」
殺すという単語が魔法のように効いた。肩が跳ね、肉体に力が戻ってくる。緩慢な動きで上半身を起こすと、仰ぐフランクへ視線を合わそうとした。綺麗な石は割れると滴を流しそうに見えるが、今目の前で曇っている瞳は、とろりと濃い涙を目の縁へ溜めていた。そこにフランクは、どうしようもない渇望を見た。ただ単に、彼自身の姿が映っていただけなのかもしれないが。
はしたなく広げられていた足がシーツを滑り、腹筋が緊張する。するとアナルだけでなく、身体の奥までも緩みの兆しが見えた。その隙を逃さず、フランクは狭い括れに押し込んだ。ぐぽっと太い音が確かに聞こえた。
「はぁ、あぁぁっ」
先に上り詰めたのはヤゴだった。衝撃に見開かれた瞳が、内臓の収縮と共に恍惚へ染まり変わる。一方のフランクは奥歯を噛みしめ、全身に回るぞくぞくとした痺れに翻弄されないよう、精一杯耐えていた。
所詮それは無駄な努力でしかない。一度受け入れた場所は、引き抜いてもまた容易く飲み込み、揉みくちゃにした。敏感な亀頭を集中的に刺激され、反り返る幹へ這う裏筋へ意識を集中しようとしたが、ここも襞へ次々と撫でられて目眩がする。タマまで食い尽くされそうだと思った。しかもこうしてフランクを痛めつけている当の本人は意味のない喘ぎを漏らし続けるばかりで、全く無意識と来ている。
恐る恐る試していた動きが、本格的なものに変わるまで、時間は掛からない。固い腰を両手で掴み揺さぶる。ベッドが今にも滑って反対側の壁へぶつかりそうに軋んでいた。そこにばつばつと肉のぶつかる音が重なり、やがてはどちらも火照った耳の奥から遠ざかっていく。
最も理性から遠く離れながら、フランクは様々なことを悟り始めていた。馬鹿げたものが取り除かれた人生に意味など無いこと。けれど、人は時に無意味な人生を許容しなければならないこと。だからと言って、有意義な人生を送る者を憎んではならない――彼らはこの先も続くある険しい道のりを引き受ける覚悟があったからこそ、享受を許されるのだから。
押し流されながらばらばらに引き裂かれ、再び渦に飲み込まれる思考が、形を失っていく。引き攣れた息を切らしながら、ヤゴは中途半端に立ち上がったペニスから、失禁じみた精を漏らし続けていた。どうしようもない、悪寒じみた痺れが脊柱を走り抜ける。柄まで通れとばかりに、フランクは最後の一撃で亀頭を結腸に潜らせた。
放った精液が、肉の間で奔流となり渦巻くのを、過敏になった粘膜で感じ取る。自分でも恐ろしくなるほど長い、きつい勢いの射精だった。
「あ゛、あぁっ、あーっ、あーっ……」
ヤゴもまた、腹の中を熱い液体で満たされ、オーガズムを感じていた。とびきりの夢を見ているように虚ろな表情と、ぶるぶる痙攣する雄大な尻肉の落差は極端過ぎて、非現実的にすら見える。
しばらくの間、フランクは膝の上の存在を、絞め殺してしまいそうなほど力強く掻き抱いていた。動きを止めたヤゴの身体の奥深くで、心臓だけが力強い早鐘と化していた。ぜいぜいと鳴る呼吸がうるさい――自らの息は、いつの間にこれほどまで上がっていたのだろう。
やがてかちかちに固くなった筋肉が緩み、二人の身体は自然に解ける。ずるりと抜け落ちたペニスに、支えを失ったヤゴは皺くちゃのシーツへ倒れ込んだ。
「さっさと殺せ」は、絶頂後最初の一言としてふさわしくない。代わりにフランクは、男のなだらかな肩から腰へかけた輪郭を見下ろしながら、粘つく舌を動かした。
「お前の弟はろくでなしだった」
「しってる」
ふわふわとした抑揚だったものの、ヤゴは既に最低限の理性を取り戻していた。
「奴は、俺をきらってた。ホモ野郎は兄弟じゃないって」
「そんな奴の仇を、お前は討つのか」
重い衣擦れの音がして、向けられた背中が丸められた。弱く寂しげな獣のような後ろ姿は、汗で艶めいている。
「ああ。やらなきゃいかん」
触れたいと思ったのを見越していたかのように、ヤゴはそう答えた。
「それを、望んでる人間がいる」
「意地っ張りめ」
煙草が欲しいと思った。刑務所で止めてしまった、おおよそ5年ぶりの習慣を。思えばおかしな話だ。いつ死んでも仕方がないと思っていたにも関わらず、健康を気にしていたなんて。
死は身近な場所に潜んでいる。だが少なくとも今は意気地無く、膝を抱えているだけだ。
傍らに肘枕で寝転んでも、ヤゴは逃げなかった。肩へ触れても、反応はない。吸い付くような肌は、こんなにも慕わしげなのに。
この感覚が馬鹿げた錯覚であっても構わない。昼下がりの情事が終われば、次には夜が来る。待ち望んでいた時間までは、まだ猶予があるのだ。
男なんて現金なもので、射精と共に面倒な悩みは身体から吐き出されてしまう。その法則へ則り、取りあえずのところは心地よい疲労へ浸ることを、フランクは自らに許した。
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