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【ドSな同僚】【酷され】ドSな彼氏たちに酷くされてます!

 義弟の部屋に行き、妙なものを見つけてしまった。  俺、金木芳明の義理の弟となった寛之は、恋人である赤澤誠一の兄、赤澤康一と付き合っている――らしい。聞いた時には「へえ」以上の感想はなかった。正直に言うと寛之のことは別に興味がなかったし、誠一の兄であるところの康一にも、特に興味はなかった。  まあ、強いて言えば、真面目で堅物の康一と、最近ゲイだと自覚した根がくそ真面目な寛之とで、どういってそういう関係になったのかが想像出来なかったことと、面白味のないカップルだな、と思ったくらいだろう。どういう付き合いをしているとか、どんな性生活をしているかとか、微塵も興味がなかった。もともと自分を好きだったという寛之が、別の男を好きになったのだという何とも言えない感情は置いておくとして、この時まで俺は二人が「付き合ってたんだっけ」ってことも忘れていた。その程度だ。  きっかけは些細なもので、父の作ったという梅干しを寛之にも渡して欲しいとタッパーいっぱいに持たされたことだ。面倒ではあるが、家族の平穏を壊したくない自分としては、素直にしたがう他ない。そう言えば寛之の家に行ったことなどなかったと、弟になったというのにその程度だという関係性を笑いつつタッパーいっぱいの梅干しと漬物、手土産の菓子などを持ってお邪魔したと言うわけだ。  寛之の家はごく普通のアパートだった。部屋は小奇麗にしてある。茶を用意するという寛之の背を見送り、部屋の中を物色していた。まあ、暇だった。 (キャンプの写真か)  チェストの上に置かれた無数の写真立てには、俺たちが誘ったキャンプの写真が飾られていた。赤澤兄弟と金木兄弟の写真は、内情がカップルばかりなので結果としては家族写真。この時から寛之は康一と付き合うようになったらしい。妙な距離感があった。まあ、そういうことなのだろう。他にも康一と写った写真がいくつか置かれており、俺は妙な感慨を抱いた。ちゃんと付き合ってて偉いな。である。 (俺も、誠一とちゃんとしないとな)  誠一の喜ぶことをしてやりたいと思う一方で、虐めたいという嗜虐心が邪魔をする。大抵は泣かせてしまうし、泣かせたことを後悔はしていないのだが、やっぱりこういう普通の写真を見ると、普通の恋人らしいことをした方が良いのでは。とも思ってしまう。まあ、無理なのだが。  引き出しを開けたのは悪気があったわけでもなく、生来の図々しさのせいだろう。勝手に室内を物色し、あげく中まで覗く手癖の悪さは、多分これも性癖と一緒で治せない。 (――おっと)  中に入っていたものに、思わず手を止める。ご丁寧に置かれた「妙なもの」。俺の部屋にもあるし、なんならそれなりにコレクションしているが、まさか寛之も持っているとは思わなかった。 (アナルプラグにアナルパール。こっちはバイブか。おっ。ブジーもある)  様々な太さと長さの道具は、数こそ俺の持っている道具より少ないが、種類が多い。特にブジーは誠一が嫌がっているので今のところまだ使ったことがない。 (良いな、これ!)  見ているだけでワクワクしてしまう。自他ともに認めるマニアなので、他人のこういうコレクションを見るのも楽しかった。というか、他人が持っているのを初めてみたが、まさか弟の部屋で見ることになるとは。案外、兄弟で趣味が合ったのだろうか。 (これは――どっちが使ってるのかな?)  康一と寛之で、どっちがどうというのは聞いていない。体格は寛之の方が良いが、身長は康一の方が大きい。年齢は康一の方が上だ。性格的には――寛之の方が受け入れているのだろう。昔から受け身な性格だった。  なるほど。と思いバイブを手に取る。だとすれば自慰行為に使っているのか。 (もしかして、康一さんとのセックスに満足出来てないとか?)  まあ、あり得る。なんか大人しそうだし。あの人。誠一の話によればこれまで浮いた話の一つもなかったそうだし、女性を連れてきたことはなかったらしい。まあ、だからと言ってゲイだったわけではなく、性癖はストレートだったようだが。  恋人とのセックスに満足出来なくてオナニーするのは理解出来るが、ブジーまで入っているとなると、もはや性癖だろう。 (やっぱドMだったか)  密かに感じていたM気質は間違いではなかったらしい。  引き出しにバイブを戻し、そっとしまう。一応突っ込まないでおいてやろう。誠一の耳に入ったら怒られそうだし。 「芳明? お茶入ったけど」 「ああ、うん」 「変なもん見てないだろうな」  怪訝な顔でじろりと見られ、肩を竦めて見せる。見られて嫌なら鍵をかけるべきだ。少なくとも俺はそうしていた。 「いや? デートの写真見てた」 「見んなよ。恥ずかしい」 「良いじゃない」  飾って見せつけている癖に恥ずかしいとか、意味が解らない。俺がおかしいんだろうか?  ◆   ◆   ◆  経理部に異動して以来、会社での生活リズムが大きく変わった。忙しいのは月初めと月末に集中し、出張はなくなった。もともと株や資産運用をしているのでお金の管理や計算は得意な方だし、案外性に合っていたと思う。あの時異動を提案した課長は、なかなか見る目が合ったということだ。偏見もないし。  主任に上がった誠一の方は今までよりやや忙しいが、概ね上手くやっているようだ。今日は少し残業をして帰るということなので、先に帰宅することになった。こういう場合、俺は大抵、自分の趣味であるSMショップへと足を運んでいる。入荷情報などはメールで見ているが、やはり新製品は自分の目で見たいし、なんなら掘り出し物もある。行きつけのショップの扉をくぐり、雑多な店内をぐるりと一周する。 (お。これは口コミで話題になってたヤツ)  レビューが面白かったので興味を持っていたグッズをいくつか手に取り、奥の方へ進む。奥の方はSMグッズ専門のコーナーになっており、もっとも時間をかけてチェックするエリアだ。棚の横をすり抜けボンテージファッションのコーナーの横に、先客がいるのに気が付いた。マニアック過ぎるゆえか、興味があってもなかなか入りにくいものらしく、このコーナーに入ってくる人間は少ない。珍しい客の背を、思わず見つめる。どうやらオーナーの河崎が講師をする緊縛のワークショップが気になるようで、お知らせをマジマジと見つめていた。 (ん……?)  その客の男性が見覚えがある気がして、近くに寄った。俺より背が高い。多分一九〇くらいあるだろう。 「――康一さん?」  思わず声を出してしまった。俺の呼びかけに、康一がこちらを向く。 「――」  気まずい沈黙が二人の間に流れた。俺の手には新しいオモチャ。康一の方は緊縛のワークショップのチラシ。どちらも言い訳出来ない状況だ。 「……もしかして、それうちの弟に?」  多少の険悪さを滲ませていう康一に、思わず返す。 「もしかするとうちの義弟にそういうことを?」 「……」  互いに性癖を確認し合い、相手がお互いの弟だという状況に、文句も言えずに押し黙る。  つまりアレか。寛之の趣味というより、康一の趣味。そう言われると寛之は確かにM気質はあるが、こういう店で道具を買うような気概はなさそうだ。なかなかなプレイをしている。健全な風情なのに、どうやら見た目とは随分違ってハードなプレイがお好みらしい。まあ、お互い様なのだが。  康一はこほんと咳払いして「まあ、なんだ」と濁した。俺の方もあまり口を出すのは藪蛇である。むしろ趣味が合うことが解ったのだから、喜ぶべきところかもしれない。 「良く来るのか?」 「ええ、まあ……。新商品とか気になるものが入った時に。大事じゃないですか。スキンシップって」  適当に会話するのは得意な方なので、しれっと答えておく。康一は深く追及するつもりはないらしく、「そうだな」と頷いて俺の手にしていたオモチャを覗き込んだ。 「レビュー良かったですよ。手入れも楽そうで」 「そうなのか」 「この形が良いらしくて。長い時間遊べるらしいんですよね――」 「僕も買おう」  開き直ったらしい康一と、棚を物色する。S同士の付き合いはオーナーとくらいだったが、趣味があうだけあって話があった。 「これやってみたいんですけど……」 「誠一は見た目に嫌がるだろうな」 「ですよね」 「僕の方は縛りをやりたいんだけど、なかなか……」 「市販の縄はいまいちですよ。自作したほうが良いです。手入れはかかりますけど」 「芳明くんそれなりにやってる?」 「まあ、それなりには。寛之の場合は体格が良いからかなり長いのが必要ですねえ」 「なるほど」  納得して頷く康一とともに、寛之の縄化粧を想像する。うむ。多分お前は縄が似合う。大丈夫だ。 「今度縄の件相談しても良いかな?」 「もちろん。いつでもどうぞ」  戦利品を手に、笑顔で別れる。  まさか康一がそっちとは思わなかったが、ある意味良い収穫だった。お互いに情報交換できれば、もっと良いSMライフが送れそうではないか。 (あとで康一さんに、どうやってブジーやらせて貰ったのか聞こうっと)  足取り軽く、俺は帰路についたのだった。

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