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【潤一×賢士】続・ステーショナリーフロント
きっかけは、寛之の発言だった。
「それで、潤一さんと賢士さんは付き合ってどのくらいなんですか?」
赤澤兄弟四人と、金木兄弟の会食が定例化した、ある日の出来事だった。食事中の歓談の際に何気なく問いかけた寛之の言葉に、潤一と賢士が噴き出して噎せる。
「ゲホッ! ゲホッ!」
胸を叩いて水に手を伸ばす賢士と、咳き込む潤一。何か変なことを言ったか? と首を傾げる寛之の横で、康一は眉を寄せた。
「なっ、なんだ急にっ」
「何言ってんだよ。びっくりするじゃん! な、なあ潤」
「お、おう」
二人のやり取りに目を細めて、康一は呆れた顔で潤一を見る。
「おい、まさかお前らまだ」
「え? まだ付き合ってなかったの?」
誠一も驚いて兄二人を見る。当の本人は気まずい顔で互いをチラリと見、慌てて顔を背ける。話を振った寛之は「え? どういうこと?」と隣の康一に助けを求めた。
「い、いや、俺らはそんなんじゃ」
「十年以上やって、まだ飽きてなかったのか」
ずっと見守ってきた康一も、いまだに煮え切っていなかった二人に呆れてため息を吐き出す。今まで一体何をしていたのか。潤一も潤一だが、賢士も賢士だ。さすがに潤一が誰を好きなのか、もう解っていると思うのだが、何をしているのだろうか。
「良いけどさ~。いつまでもそんなんやってたら、あっという間に爺さんになっちゃうぞ? 潤兄も賢兄も」
「う」
「……」
そこまで言われても煮え切らないで黙り込んでしまった二人に、康一と誠一は処置なし、とため息を吐き出した。
◆ ◆ ◆
潤一と『和解』して数か月。表面的な交流しかしてこなかった賢士だったが、元のように付き合うようになったと思っている。潤一の店に良く顔を出すようになったし、部屋に遊びに行くようにもなった。遊びに行くと潤一は手料理を作ってくれるし、潤一が飼っている愛犬と一緒に二人と一匹でまったり過ごすのはすごく楽しくて、これまでの空白の時間を埋めるような気持ちでいた。
の、だが。
潤一がゲイであることを知っていると、受け入れられるとお互いに歩み寄って、距離を埋めて来たこの頃。賢士には目下のところ、新たな距離感に不満があった。自分だけ仲間外れにされていたような感情がなくなり、ようやく元の関係に戻れると思っていたのに、潤一は相変わらずギクシャクしている。賢士に触れるのを躊躇い、傍にいるのに異常に緊張する。かと思えば、賢士の方から近づけば、蕩けるような笑みを見せる。
そうなれば、いくら鈍感な賢士でも流石に気付くというもので、潤一の感情の向く先が、理由が自ずと想像出来てしまい、兄や弟の態度にストンと納得がいったりした。
そうすると、不思議と今度は潤一の周囲にある他の人間の痕跡が気になって、モヤモヤとした不愉快な感情が自分のなかにあることに気が付いた。例えば、絶対に潤一の趣味でないインテリアがあるとか。誰かと出かけた時の話であるとか。愛犬の名前は誰かが付けたものだとか。そう言ったことに小さな苛立ちを感じて、やるせない気持ちになるのだ。
多分潤一は、賢士が知らない交流を誰かと持っていて、誰かとそういう時間を過ごしてきた。けれど、結局のところ心は自分の方に向いていて、それを今更知ってしまった自分が居る。そういう時、思ってしまうのだ。
もしも、もっと早くに知っていれば――。
インテリアは自分が選んだだろうか。その思い出は、自分とのものだっただろうか。愛犬に名前を付けたのは自分だっただろうか。
そんな風に、思ってしまう。
十七年。長い時間を、無為に過ごしてしまった気がして、取り戻せない時間を思うとやるせなくなる。そして未だに、自分に触れたら死んでしまうんじゃないかと思うほど、手を伸ばしてこない潤一に苛立つ。
(おれは)
自分は多分、潤一が望むのなら、受け入れるつもりがあるのだと、賢士は思う。自分から縋るほど彼が欲しいかと言われれば、正直なところは解らない。賢士はずっと、誰かが何かを変えてくれるのを待っていた。その『誰か』は潤一であって欲しいと、思っている。
潤一に、求めて欲しい。
結論は決まっているようなものだが、自分からは動かない。駆け引きのようなものだ。
『あっという間に爺さんになっちゃうぞ?』
誠一の言葉が頭を過る。
すん、と鼻を鳴らして、賢士は潤一の部屋のチャイムを鳴らした。あの停滞していた日々から、少しは進んだはずだ。相変わらず進みは遅いけれど、徐々に状況は変わっているはずである。
少しおいて、扉が開く。照れたような、怖気づいているような表情で迎える潤一に、賢士は「おー」と軽く返して見せる。
「……いらっしゃい」
「ドーナツ買って来た。食べよ」
「ん、じゃあコーヒー淹れるわ」
賢士の訪問に、部屋の奥からしっぽを振って小型犬がやって来る。ドーナツの箱をテーブルに置いて、愛犬を抱き上げる。
「あ、そういや今度、保育協力日で休めそうなんだよね」
「ああ、そうなの? 良かったじゃん」
「ん。その日さ、泊っても良い?」
「――え」
賢士の言葉に、潤一が目を見開いて固まった。
「連休っていってもどこか行くとかの当てもないしさ。旅行は一応この間したばっかりだし」
「――」
「まあ、お前が仕事なのは解ってるけど。ポポちゃんの面倒とかおれ見ておくし」
愛犬を引き合いに出して、そう答える。今までどんなに遅くまで居座っても、飲んだ日も、泊まらせてくれたことはない。二人で同じ部屋で過ごしたのはキャンプの時だけで、その時も特になにもなかった。それどころか、同室を嫌がられた。(もっとも、潤一は酒を飲んで潰れてしまった!)
「えっと、いや、その」
「決まりな」
「うっ、うん」
動揺する潤一に、賢士はフンと鼻を鳴らす。
この停滞した関係が、嫌いなわけじゃない。けれどこのまま、また何年も今のままを繰り返すのは本意ではなかった。少なくとも、自分に手を出せないくせに他人の影をチラつかせるこの男を、このままにするわけには行かないのだ。
(さて、どうなることやら)
賢士がすることと言えば、少しだけ背中を押すことだけ。今はそれだけだ。
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