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【ヤクザなイケメン】瑞希の日常

「っ、もうっ! いい加減にしろよなっ!!!」  ダン! とテーブルにジョッキを打ち付け、鬱憤を晴らすように叫び声をあげる。顔を真っ赤にしてくだを巻くさえに、瑞希は苦笑いして追加のビールを頼んだ。飲むことに関してプロのホステスである彼女がこのような酔い方をするのは珍しい。荒々しく飲むさえに、美鈴も背中を叩いてなだめて居る。  友人である二人(主にさえ)の愚痴に付き合って、瑞希はこうしてたまに飲みに誘う。なんだか上司になったようだと思うが、実際に上司である。よく使うのは萬葉町の近くにあるタイ料理の店だ。 「まあまあ、さえちゃん。一応、さえちゃんの太客なんだから。ね?」 「元カレと浮気未遂相手とその彼氏ですよっ!?」  さえの愚痴に、瑞希は彼女の客についている知人たちの顔を思い出す。彼らはどうやらさえをネタにして飲んでいるので、ホステスとしての接客というより友人として来てくれているのだろう。最初はどう対応しようか悩んでいたさえだったが、最近は互いに気安いやり取りをしている。それを見たほかの客が、「面白い女がいるぞ」とさえを指名して結果ナンバーワンになっているのだから、悪いようにはなっていない。  そんなさえの一番の客は、元カレであり瑞希の知人である赤澤誠一のパートナー、金木芳明である。瑞希が一号店に勤めていた時に、赤澤には嫌な想いをさせてしまったこともあり、二号店オープンの際にお詫びも兼ねて改めて招待したところ、彼氏同伴で来てくれ、以来ちょくちょく顔をだすようになった。さえとは一応和解したようだが、店の中では「山田って呼ぶな!」と叫んでいるさえなので、たまに指名が「山田って子いるでしょ」と入るので本人は嫌がっている。瑞希が赤澤に「大丈夫なのか?」と聞いたところ、軽い嫉妬の瞳とともに「うちの彼氏はドSだから、面白がってるだけ」と言っていたのでまあ、大丈夫なのだろう。  次に良く来てくれるのは、その赤澤の兄であり、瑞希の恋人佐竹の幼馴染みである赤澤康一である。康一の場合は単純に、瑞希の店にお金を落としてくれているだけだと思う。大抵は恋人である金木寛之と一緒に来てさえとナンバーツーの亜里沙を指名する。傍から見れば言い客だが、さえにとっては寝取り未遂をした相手とのことなので、胃が痛いらしい。 「どこかに、あたしを癒してくれるいい男はいないのっ!?」 「そう言ってブラックバードばっかり通ってると、また借金まみれになるわよ?」 「そうだよさえさん……。せっかく月郎くんから借金帳消しにしてもらったのに、また月郎くんに借金するのは……」 「うぐ」  テーブルに突っ伏して、さえはじろりと瑞希を睨んだ。 「まあ、どうせブラックバードに行っても、あたしの推しはもう居ませんけど?」 「あはは」  女王にも同じことを言われたな、と瑞希はビールを啜る。さすがに店長とホストを掛け持ちするのは難しい。ブラックバードの仲間たちも惜しんでくれたが、瑞希の場所は『アフロディーテ』だ。店を辞めてからも互いの店を利用するいい関係ではあるが。 「そう言えば、柏原組の方はあんまりいい噂を聞かないわね」 「……うん」  美鈴が静かにそう言う。国枝採光の逮捕劇からしばらくの間、警察に目を付けられぬようにするためだろう、柏原組の動きは静かなものだった。表向きには関東に出張っていた国枝一人が逮捕されただけで、柏原組にはダメージはない。実際には年間五億の上納金を納めていた国枝が居なくなったのだから、影響は少なくないだろうが。だが、柏原組を揺るがすほどの脅威にはなっていないと見せかけている。内情が火の車であるのが漏れれば、他の組からも狙われる。そうなるわけにはいかないのだ。 (月郎くんは、大丈夫かな)  事実上、久保田月郎は組の人間を『売った』。柏原にそれがバレるのは時間の問題だ。久保田の裏切りがバレれば、当然制裁が行われる。  美鈴もさえも、それを察しているので、その話題には口が重くなった。 (……佐竹さんがまだ白桜会の人間だったら)  そう考え、瑞希は首を振った。佐竹が白桜会の人間だったら、状況は違ったかもしれない。だがそんな「もしも」はないのだし、あったとしてもどうにもならないことがある。久保田は、解っていて加担した。 「あ、それよりさ。今度みんなでサバゲ―行こうって言ったじゃない。どう? スケジュール空きそう?」 「あ、そのことなんですけど、その話を店でしてたらですね、意外に食いつかれて……」 「亜里沙とか山形も参加するって言っててさ。そしたらお客さんも来たいって」 「あら」 「なのでもう、イベントにしちゃおうかと」  二号店の客は一号店の客より若い年齢が多いせいか、興味を持った客が多かったのだ。 「一号店と合同にして企画するので、もう少し先になりそうですね」 「了解。何か手伝うことあったら言ってね」 「大まかには決まってるけどね。『第一回 女神杯』ってことで。優勝者には一日王様になってもらうって感じで。あ、渡辺は助っ人枠ね。入ったら勝っちゃうから」 「確かに。じゃあ瑞希ちゃんを手に入れるのが勝敗のカギね~」  そうやってワイワイと話していると、不意に人の気配が近くに立った。 「瑞希」 「あ、佐竹さん」 「あら。もうそんな時間?」 「良いわね~。彼氏のお迎え」  照れ笑いをしながら、瑞希は「じゃあお開きにしようか」と席を立つ。さえたちも立ちあがった。 「いつもありがとうございます」  美鈴とさえに別れを言って、佐竹の横に立つ。佐竹は柔らかく微笑んで、瑞希の髪を撫でた。  店を出ると夜風が頬を撫でる。生ぬるい空気を皮膚に感じながら、隣を歩く佐竹を見上げた。ヤクザ稼業を辞め、現在『無職』である佐竹は、今は茶色かった髪もだいぶ伸びて黒い部分が目立ち始めている。白いスーツも辞めた。背中の刺青さえなければ、ホスト崩れといった風だ。 「なんだ?」 「そういえば、出会った時と立場が逆になっちゃったなって」  瑞希の言葉に、佐竹は少し考えて「ああ」と頷く。 「無職とオーナーか」 「ふふ。まあ、佐竹さんの場合は色々やってるから、僕とは違いますけどね」  実際には裏方で色々働いていたり、店を回している。毎日家に引きこもって絶望し、時に隣家の壁を叩いていた瑞希とは訳が違う。 「ま、しっかり者の彼氏もいるしな」 「いっぱいいっぱいですけどね? 僕に出来るのは愚痴を聞くくらいですし」  瑞希の言葉に、佐竹がチラリと見下ろす。 「俺は、女友達ばかり増えて、ちと不安だけどな。案外モテやがる」 「モテてないですよぉ」 「嘘つけ。ブラックバードの『女王』も追いかけて来てるだろうが」 「あはは。めっちゃシャンパン入れてくれるんですよねえ……」 『女王』は今や『アフロディーテ』にもお金を落としてくれる。指名は特にしないのだが、瑞希が居る時には相手することもあった。彼女は飲む相手が欲しいだけで、瑞希に固執しているわけではないようだが。 「……もしかして、妬いてたりします?」 「……当たり前だろ」  気恥ずかしそうにそう言って目を逸らす佐竹に、思わず胸がきゅんと鳴る。瑞希は佐竹の手をギュッと握った。少しだけ視線をこちらに向けたが、またそっぽを向いてしまう佐竹に、思わず笑う。 「このまま帰りたくないな――なんて」  ポソッと呟いた言葉に、佐竹が立ち止まった。グッと唇を結んで、赤い目元をした顔で瑞希を見下ろす。  佐竹はそのまま、瑞希を半ば引っ張るように足早に歩きだした。 「わっ。佐竹さん?」 「お前が、煽ったんだからな」 「っ」  欲を孕んだ声に、瑞希の耳が赤くなる。小さく頷き、歩く速度を早くする。  ご休憩と書かれた看板をすり抜け受付を済ませると、殆ど駆け込むように部屋の中へと滑り込んだ。そのまま抱きしめられ、口づけられる。 「――んっ……」  酒のせいもあり火照った身体は、佐竹に抱きしめられて余計に熱くなった。背中に腕を回し、キスを求める。 「佐竹さん、僕明日早い……」 「聞いてられねぇよ」  そう言ってベッドに縺れ込み、覆いかぶさり首筋にキスをする恋人に、瑞希は(まあ、良いか)と背中に腕を回した。

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