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『突然の連絡ごめん!学祭の日ってなにか予定あるかな?もし空いてそうだったら、お願いしたいことがあるので、返信貰えたら嬉しいです!』
夏休み明け、ちょうど友達と作業室で絵を描いてるときに泉さんからメッセージが届いた。
「おーい、とおるちゃーん、大丈夫?固まってますけどー?」
ゆさゆさ揺さぶられて、あたまが動き出す…
「あー…」
「あ〜〜」
むちゃくちゃ悪意を感じるモノマネされたから、小突き返した。油画科同期の佐野遙はへらへら笑ってる。
ここの大学は広大だから、油画科1年は2人で1つの作業室を使えることになっている。遙とはなんとなく同室になって(オリエンテーションの時に、偶然側にいて、なんとなくペアを組んだ…)それで仲良くなった。
「なに固まってたの?」
「先輩からメッセージ来た」
「先輩ってあれ?あの、憧れの人?めーっちゃきれいという」
遙に打ち明けたのは間違いだったかも、と思ってももう遅くて、僕は遙に、泉さんのことを何から何まで話してしまっていた。
「いつか描かせてもらえたらいいねえ、ヌード」
「なにを言ってる」
「あ、ヌードデッサンは邪な気持ちを抱いたらダメなんだよ知ってる?ダンサーのしなやかな肉体をいかに丁寧に忠実に写し描くかっていうことなのでぇ、とおるちゃんは厳しいかあ」
「はるか」
「へへへ、ごめんってば!でどんなメッセージなの?」
「学祭の日空いてないかって」
「え!デートじゃん」
「そんなわけないじゃん」
「わかんないよお?早よ返信してみい」
遙はこの大学に来るために上京してきたらしく、たまに訛ってて可愛らしい。
髪も肩くらいまで伸びてて、普段は顔も見えない感じだけど、制作中は前髪も全部一緒に結んでいて、そうした時に見える顔は人形みたいに整ってる。
初めて顔をちゃんと見た時は固まってしまった。あれ、男でよかったよな?って思って。
遙はそれが嫌だったのか、だいぶ強い力で肩を叩いてきた。「小さい頃から女の子に間違えられる人生だし!!」とか言ってぷんぷんしてたけど、うんうん、そうか、って言ってるうちに、僕の前では顔を全部出しても平気になったらしく、今も剥き出しでいる。
怒りそうだからまだ言い出せずにいるけど、卒業するまでの間に、いつかモデルになってほしいな、と思う。
人形みたいなその姿を描きとった時、そこからなにか…更に発展させて…とにかく、描くのが楽しくなるんじゃないかって、そんな予感がする。
「お疲れ様です。学祭の日、特に予定はありません……これでいいかな」
「はああ?いいわけあるかい味気ない」
「えー、でも先輩だし、全然会ってもないし」
「ハートくらいつけたれ!」
「送信した」
「うわ、とおるちゃん俺の言うこときかんかったつらいーー」
遙はふざけて大げさに嘆くみたいに、床に寝転んだ。
「なあ、俺もその先輩に会ってみたい。みちるさん」
「じゃあ今度公演する時一緒に行こうよ」
「うん、誘って。みちるさんってさあ」
「親しげに呼びすぎ」
「へへ、みちるさんってそもそも彼氏いないん?」
「彼氏…」
「おるんか!」
「違う…いや、知らないけど、待って、彼氏?」
「うん、彼氏」
「いたら…なんか難しいね…」
「なにが?難しいて何?どういう意味?そりゃそんな美人な女性だったら彼氏のひとりやふたりおっても」
「女性?」
「女性。え、まって、女性ちがうん?」
「男の先輩だけど」
「えーーーーーそうなん!?舞踊科の美人のみちるさんって言うから早とちりしてたあ!ごめん、そおかあー!男の先輩かあ。……あー……ほんなら彼氏いたら、嬉しや悲しやって感じじゃん……」
遙は難しい顔をする。
「……いや!嬉しいて!だってチャンスあるってことだし!」
「待って、すごい話進んでるけど、彼氏はいないと思うよ…」
「そんなもん分からんでしょうが!早よ返信来たらいいのにっ。あーもう今日は作業やめよ。スーパー銭湯行きたい。一緒に行こ」
バサバサと髪をほどいて、遙は画材を片付け始める。つられて僕も片付けた。
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