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またある程度仕上がってきたら試着しに行く…ってことになって、今日は解散になった。もう夜の7時前だったし、3人でファミレスに行った。 泉さんの向かいに僕が座って、隣に遙が座る。 注文し終えたら、遙はバタっとテーブルに突っ伏した。 「なに、疲れた?食後のデザート奢ってあげる!モデル引き受けてくれたしね」 「はあああああ………」 唸るような声を出す… 「遙、どうしたの?」 「そんな嫌だったか、モデルすんの…」 「ううん…」 なんとなく頭を撫でた。 「なあ、とおるちゃんはさ、好きでいるっていうのしんどないん?」 「……へ?」 遙は伏せたまま、顔を僕の方に向けた。 への字の唇が見えた。 「好きな人を思うことって苦しくないの?俺、好きになる事がこんな苦しいと思わんかった」 「え、なに、なんの話?」 「正直、恋愛とか恋人だとかくそくらえじゃ!と思ってた。でも、この好きは確実に恋愛の好きなんだと思う」 「なに!誰か好きになったの、遙」 遙はガバッと体を起こして、前髪を耳に引っ掛けた。 「シノくん」 「おおー、そうなんだ、いいじゃん!これからまだまだ会うしさあ、距離縮められたらいいねえ」 泉さんはそう言った。 引かないんだ、それって救いだ、 「あ、さっき遙の話してた感じだと、透も好きな子いるんだ?」 遙は、しまった!!って感じの露骨な素振りと表情をした。したらだめなやつじゃん… 「あーーー、それはどうだろ、知らないなあ俺、なに、とおるちゃんの好きな人?え?」 「あはは!めっちゃヘタクソじゃん隠すの〜」 「あ、あ、あ、みちるは?みちるは彼女1000人くらいいるんじゃないの?」 「1000人!!バカだろ1000人は」 「だったら5人くらい?」 「いやいやいや、いないよ今。でも恋人ほしい」 「え、ほんならとおるちゃんと付き合ったら?」 「え!」 「え、」 「え?」 「お待たせしました、和風ハンバーグセットの方」 絶妙なタイミングで食事が運ばれてきた… 目の前に湯気がたちのぼる… なかったことにならないかな、って、思った。 遙は悪意があって言ったんじゃない。むしろ善意だと思う。けど、あまりにもその、 「……あはー…来たねえ、ご飯!食べよか、」 「透」 顔を上げた。 なんの表情なんだろう泉さん…神妙というか、難しい顔というか、 「はい、」 「付き合う?」 「……え?」 「俺、大丈夫だよどっちでも」 「付き合っても付き合わんでもってこと?」 遙がもぐもぐしながら口を挟んだ。 「違う違う。男女関係ないよってこと。好きになった人が好きだからさ」 「みちる、とおるちゃんのこと好きだったん?」 泉さんは、箸でハンバーグをつついた。 「…間に受けてたんだよね、俺」 「なにを?」 「初めて透を見た時さあ…超きもいこと言うけど、俺、レッスン室の窓から、ずっと見てたんだよね、」 あの日真夏日で、暑くて…なんか振付するにも、なにもかも行き詰まってて…レッスン室、小さい窓があるんだけど、そこから外ぼんやり見てたんだ。 そしたら、ふらーって歩いてんのが見えたの。気になって、踊るのやめて、水飲むふりして窓のそば行って、見てた。そしたらふらふらへたりこんで…いやー、あの時はびっくりしちゃった! それからいろいろあって、歩きながら話したじゃん、たくさん!俺本当にスランプで、どう足掻いたっていい振付できないし、そもそも自分の体が全然きれいに見えなくてさ。どんなふうにして鏡に映してみても歪っていうかね。納得いかなくて。 でも透がさ「もし僕が合格したら、泉さんの絵を描かせてくれませんか?」って言ってくれたでしょ?それが俺、むちゃくちゃ嬉しかったんだ。透が入学してきたら、モデルにしてもらえるようにもっとちゃんと、人の心を打てるような踊りができるように頑張ろうって思ったの。 俺、知ってたんだよ。入学した時、見かけてたの、透のこと。探してたんだ。いないかなーって!……見つけることはできたのに、声かけらんなかった。勇気なくて。 あー、俺だいぶ拗らせてんなあって思ったの、その時に。年下の、しかも男子に。見てほしいって。俺のこと見てよ、見つけてよって。 「…やっと仲良くなれたと思ったら、遙のことモデルにしたいとか言うじゃん」 泉さんは、テーブルに目を落としたまま唇の端を引き上げた。 「なんだよーって、思った」 それから、ぱっ、と顔を上げた。目が合う。 三白眼気味の目だ、モデルにしたいだなんて言っときながらまともにまっすぐ見られない、 今だってそう、すぐに目が泳いでしまう。 いつまでも見ていたいのに、いざ目が合ったら緊張して、 「……はは!ごめん。ごはん食べよっか。冷めちゃうね。え、遙普通に食ってるし!」 「んー、食べちゃった、なんかこの状況に緊張してたから!」 「なにが緊張だよ!俺だっつうの緊張してたのは!!なんの緊張だよ!」 「え、めちゃ告白してたじゃん」 「だからなんで遙が緊張すんのよ」 「うまくいけやあ〜〜て思ってたからだろ!なんじゃ結局、どうなったんだよ結局!!おい!とおる!!どきどき止まらんだろ!はっきりせえよっ」 「いいいいいい!もういいの、大丈夫だから!なかったことにして!ね?普通に、なんも言ってないから俺」 「なかったことになんかできんだろ!!」 「泉さん」 がちゃん、と、音がした。 遙がお皿の上にスプーンを落とした音だった。 なにかを決心して言おうと思ったけど、やっぱりこわい、自分に何ができる? 「…なに?」 「……や…その…」 「…ごめん……ほんとごめんね。ほんと、無かったことにしてよ、お願い!困らせちゃったじゃんねー!はは、やばい、」 「黙っとっていいの?とおるはそれでいいんだ?」 「ちょっと遙、やめなって、困ってるじゃん!ねえ?」 「好きです」 「は?」 「…いや『は?』てなに!?え、みちる、5秒くらいの間にとおるのこと嫌いになったん?『は?』て!!」 「違うって!!びっくりしすぎたの!」 無造作に置かれた手を握った。 「うっ、」 「『うっ』て!!嫌がってんのかっ」 「違うって…!」 遙が隣でうるさくてよかった。 緊張がだんだん緩んで、なんか、どうにかなるかーって思える。 「僕もずっと探してました。話しかける勇気なくて、泉さんが連絡くれなかったらまだずっとひよったままで、遠くから見てることしかできなかったかも」 やっと、泉さんの手の感触に意識が向いた。 緊張のあまり、何も感じてなかったことにやっと気がついた。 ちゃんと泉さんの顔を見た。 初めてかもしれない、こんな近くで、しっかり見るの。うわ、だめだ、思い描いてた100倍くらい…そんなんじゃ収まらないくらい、 「……ふたりとも大丈夫か?真っ赤っかすぎて顔から血ぃ出そうだけど?」 泉さんは顔を顰めた。 「顔赤くなってるときに血ぃ出そうって表現する?」 「ぶちぃっ!て血ぃ吹き出しそうだもん」 「グロいって!」 「それだけ赤いってことじゃん!あ、今晩みんなでそういう映画観よか。バイオハザードするんでもいいよ。みちるがひーひー泣くとこ見届けたる」 「誰が泣くかよ…」 「あ、とおるちゃんも泣くタイプ?」 「僕はそもそもホラーものは観ない」 「ほれビビりや!はー!お似合いじゃん。よかったなあ!あ、おめでとう!ほんとお似合いのふたりだなあー!」 「ビビりだからお似合いって言われんのは癪に障んだろ!……あの、…なんだ、付き合うってことでいいのかな、いいの?別に無理にとは言わないよ?ほら、好きっつったってねえ?友情の好きもあるし」 「そんなこと言わないで下さい、」 もう、しっかり見ることができる。 黒い髪も、切れ長の目も、通った鼻筋、柔らかそうな唇、滑らかな肌の細かさも、顔をもっと寄せて見てみたい。 ずっと見ていたい。 「僕は、泉さんが好きです。そばにいさせて下さい」 遙の方から、はああ!って息を吸い込む音がする。 泉さんのどんな表情も見逃したくない。 「ん…うん、うんうん、ふふ、やばいね、今までで一番嬉しい、告白されて。はは、なんだこれ、恥ずかしい!遙、デザート頼んでいいよ!」 「パンプキンプリンパフェとミルクレープとソフトクリーム」 「めっちゃ食うじゃん!!」

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