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「お邪魔しまーす」 シノくんは作業室をぐるっと見回して、それからイスに座った。 「油画って楽しい?」 「んー、僕は好きだよ、見るのも描くのも」 「だよね。僕が服飾の勉強するのと同じだもんな」 「あ、でも、好きなことを勉強してる、っていうの、嬉しさだけじゃない感じあるかも」 「分かる!プレッシャーなのかな…なんなんだろう…でもすごい分かる」 自分の作業用イスに座って、シノくんの方を向いた。 「はるちゃんともさあ、こうやって仲良くしたかったよ」 「過去形…」 「だってもう絶対嫌われてるじゃん」 「そんなことないって」 「嘘ついてるし」 「あー……でも、別にいいんじゃないかな、それでも。だって、彼女いないっていう方が嘘くさいし、シノくんの場合」 「なんじゃそれ!………あ、シノでいいよ」 「うん、じゃあそうする。いやー、でも怜さんもシノも、僕からしたら住む世界が違うっていうか、なんていうか」 「えーー?そんなことないって!!同じじゃん。服飾オタクか絵画オタクかってだけだよ。怜さんとか充さんは、あれだよね、陽キャ枠って感じするよね…」 「分かる!!!そうなんだよ…ほんと住む世界違う……」 一瞬だけためらったけど、シノくんは…シノには、話しても大丈夫だろうって気がした。 「住む世界違うのに、充さんのこと好き、で」 シノは口が半開きになってる、 「だから、その、付き合ってもらってるんだけど、」 はっ!て息を吸い込む音が聞こえて、シノは口を両手で覆った。目はまんまる。 「付き合ってんの……!!」 「……引く?」 「や、引く…っていうか、怜さんがさ「みちるはほんとやばいくらいモテるからなー」って言ってたから…ほら、キスマークがなんとかーって言ってたじゃん?すごいんだって、ほんと…ものすんごいモテるから、飲み会とかしたらエグいって言ってた…エグい、だよ?どういうこと!?って思うよね」 ……そこまでとは。 そんなにだとは思わなかった…し、逆になんでじゃあ僕みたいなのと付き合ってくれてるのかものすごい疑問だな、 「そんな人と恋人になれたとか、透ってすごいじゃん!うわあー、陽の方の人なんじゃん!」 「違うでしょどう見ても!!」 「じゃあ充さんと付き合ってたとしても、僕と同じオタク枠でいてよね?」 そもそも同じオタク枠か謎だけど、とにかく僕は、シノとこうして話せて楽しいことには間違いない。 「へへ、充さんの恋人だったのかー!すごいなあ…今度服合わせるとき、そういう目で見よー」 「やめてよ…」 「へへへ!」 「シノはいないの?好きな人」 「今、大学の勉強が楽しすぎてそれどころじゃないっていうか…気が回らなかったな、はるちゃんに言われるまで…」 「そっか」 「透は、なんで充さんと付き合うことになったの?」 「一目惚れに近いのかもしれないけど、オープンキャンパスの時に会って、それで、この人のことをいつか描きたいって思って」 「おお……」 シノはまたぽかーんって口が開いてる。 「恋愛的な気持ちもあるけど、オタク枠のあれじゃん…」 「だね…描きたいんだよね、充さん」 「なるほどな…そういう好きになり方もあるのか。……え、じゃあはるちゃん…」 「……僕と全く同じ感覚かは分かんないけど、まあ…オタク枠じゃないの、遙も。シノのことを描きたいし、ひとりじめしたいって、そう思ったってことじゃん」 え、まって、両手でほっぺをむぎゅってしてる… ラッコのあれみたい…冷たい手を温めるラッコ…! シノってそういうかわいさがあるんだよなー。 基本的にはむちゃくちゃかっこいいけど、若干そういう、ほんわかしたアニマル映像的なとこが! 「………嘘つかなきゃよかった」 「嘘ついちゃったーって言えばいいじゃん」 「でもさあ、『普通』だろ!って言ってたよ?むちゃくちゃ強く。『普通』でいてくれって」 「…よく分からんなあ」 「でしょ?」 「うーん…」 「はるちゃんはやっぱり、僕にそういうことは望んでないのかも」 あれだけ好きだって言ってたのに、って思うけど、こればっかりは分からない。遙には遙の考えがあるのかもしれないし… 「普通に仲良くしたらいいのかな。『普通』に」 シノは髪に触って、寝癖だ、って小さく呟いて、それからそこを何度か梳いた。

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