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10分くらい遅れて、こそこそ観に行った。 舞踊科には小さいけどちゃんとした劇場みたいになる広い教室がある。真っ暗な中で後ろの空いてる席に座った。自分の息が切れる音がうるさい。 客席側が高くて、舞台に向かって低くなってる。 踊る場所を少し見下ろすような感じだ。 今は、女の人が3人で踊ってる。 体の動き、揺れる長いスカートの動き 美しく作り出される明かり、音楽 すぐにのめり込んでしまう。 何人かが入れ替わりながら時間は続く。 滑らかに、という感じ。 暗転、不意に音が止まる。ぼやけた光が差す。 充さんだ、 無音。少しの息づかいと、動く音。 だんだん輪郭がはっきりしてくる。 さっきまで着ていた服とは真逆の、真っ白い衣装。どこまで計算されているのか、衣装の動きまでもが美しい。 徐々に音が聴こえ始めて、他のダンサーも混ざっていく。ひとつの群れみたいに見えてくる。 終わったときには、しばらく動けなかった。 拍手の音が聴こえて、はっきりと明転して、出てた人たちが並んでるのを見てやっと、そうだ、拍手しなきゃ、みたいな 「凄かったなあ…うまく感想言えんけど…」 遙はイスに座って舞台の方を見たままそう言った。 「俺あんまりこういうのちゃんと観たことなかったんだけど、面白いな」 「僕も充さんのこと知るまで観たことなかった。けど、やっぱ刺激になる気がするな。絵描くことにも繋がるっていうか」 「分かる。また観たいなあ」 お客さんがほとんど出て行って、やっと僕たちも立ち上がった。 出たところにはさっきまで踊ってた人たちがいて、話したりしてる。 結構人がたくさんいたけど、充さんのことはすぐに見つけられた。やっぱり目立つ。あと、なんかすごい人だかりだし。 「うわー、みちる凄いな。話しにいけんなあ、あれじゃあ」 「あの、すみません」 女の人の声がして、僕も遙もびくっ、てなりながらそちらを見た。2人、少なくとも油画科ではない。見たことない女の人。遙の顔はばきばきに強張った。 「さっきファッションショー出られてませんでしたか?」 「あー…出てましたね…」 「すごいかっこよかったです!」 「あれは服のデザインがかっこいいってことで、別に僕らがどうこうって話じゃ…」 「2人ともここの大学の方なんですかー?」 「私たちは大学ここじゃないんだけど、ここの学祭すごいらしいよーって聞いて遊びにきてて」 「ショーみたら、かっこいい人いる!って思って!」 「もし良かったら一緒に学祭回ってくれませんか?」 「…や……あー…僕らこの後自分の教室行かなきゃで、」 「あ!やっぱここの学生なんだ!」 だめだ、喋れば喋るほど、物事がおかしなことになりそうで怖い。遙助けてくれ、と思うけど、それはもう目があわないように俯き加減だし、唇は安定のへの字だし…これは頼れないぞ…なんとかしないとな… 顔を上げたら充さんと目が合った。少し火照ったような唇が動く。何かを僕に伝えようとしてる、 でも誰かに話しかけられて、パッと笑顔に切り替わる。僕とは目が合わなくなる。 「教室とか見てみたいなー!どんな感じなんだろ」 「ねー!気になる」 ……困った。 2人は遙の顔を下から覗くように見る。 「普通にめちゃくちゃきれいな顔ですよねー!近くで見てもほんときれい!」 「分かる!前髪で隠れちゃうの勿体ないなあ。耳に引っ掛けちゃったりして、」 遙の地雷が踏み抜かれていく… 「はるちゃんっ!」 ………シノが大股でやって来る。 笑ってる。けど、目は全然笑ってない… 「はるちゃん、ごめんね遅くなって」 「え、あ、あえ?」 「お話し中にごめんなさい。僕たちちょっともう行かなきゃだめなんで。ほら、透も!行こう!」 シノが輝いてみえた。救世主。 遙も僕も腕を引かれて、油画の作業室の前まで来た。 「シノ、ほんと助かった…ああいうの初めてだし、なんで言ったらいいかよくわかんなくて…ありがとうね」 「全然大丈夫だよ!むしろまだあの人たちと喋ってたかったーとかだったらごめん」 「それはない」 「そう?へへ、よかった」 作業室に入って、なんとなくみんなばらけて座った。遙も僕も自分のイスに、シノは壁際のイスに 「シノ、大丈夫なの?服飾科の方は」 「片付けは手伝ってきたから大丈夫だよ。打ち上げはほら、僕そこまでのことしてないし、はるちゃんと話したかったから……怜さんが、充さんの公演行ってると思うから行ってきなーって」 遙は考え込んでるのかなんなのか、動かない。 「ふたりでゆっくり話した方がいいよ」 そう言って、僕は作業室を出た。 もう20時だった。暗い。でもまだ色々やってるところもあるみたいで、少し遠くからざわざわと音がする。 充さんが踊るのを思い返しながら、帰り道を歩いた。 凄かったな、すごいきれいだった。体ひとつでああして表現できるって本当にすごい。しかも一発勝負だ。やり直しがきかないし。納得いくまで描くのと、感覚はきっと全然違う。 駅前のスーパーに寄った。 何食べよう。あんまりなんか、食べる気分でもないけど、なんか食べなきゃな、 きょろきょろ見回しながら探してたら、カゴを持った充さんがいた。すごいな…すごい偶然!嬉しい。 「みちる……」 何かを手に取って見てた充さんのうしろから、多分いつもよく一緒にいる舞踊科の女の人が来て、充さんの肩に手をかけながら、持っていた商品をカゴに入れた。 何もない、と、言われたとしてもしんどいな、って、思った。 単に一緒に勉強したり公演する仲間だから、ってことだとしても、くるものがあるな、 充さんが僕に気づくこともなく、僕も声を掛けられないまま。図らずも2人がレジを済ませて、サッカー台で仲良くレジ袋に買ったものを入れるのも見てしまったし、2人でスーパーを出て行くところも見た。 そういえば充さんは今夜どうするんだろう? 今から家に帰るのかな、 ……そんなわけないか、明日も公演あるし 誰とでもふわっとそういうことするって、自分で言ってた。そういうことなのかな。 ああ、

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