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搬入まであと3日。全部描き終えた作品を作業室に並べた。
シノの口はさっきから開きっぱなし。
「…透、これほんとに一晩で描いたの?」
「うん」
「なんか、すごすぎて怖いんだけど」
「怖いかな、これ」
「いや、作品じゃなくて透が怖い。作品はすごい。ものすごいエネルギーっていうか、重厚感っていうか…ずっしり感じる」
……嬉しい。
「なあー、俺のは?俺のも褒められたい」
遙の作品も、9点全部完成してる。
色彩もパターンも違うのに、統一感がある。ひとつひとつをじっくり観ても美しいし、並べて遠くから眺めたら、また新しい感覚になれる。
「はるちゃんのは、実際に展示されたのを観るのが楽しみ。展示終わったら、本当にちゃんとテキスタイル用にデザインしてほしい」
「分かってるよ、ちゃんとやる。もう考えてる」
「え!早くない?展示終わってないのに」
シノがパッと顔を上げた。
「あ、フライヤーまだ余ってる?ほしいって言われたんだ」
「あるよ」
「ほしいって誰に言われたの?」
「え?服飾の一年の子」
じとーーーっとした目で、シノを見つめる遙は嫉妬が剥き出しになってる…
でも、そのふわふわの髪の毛のせいか、かわいげがあるように思えてしまう…ずるい…
例えるならテディベアみたいな、そんな感じだ。
「もうちょいでなくなっちゃうね!よかったー、貰ってもらえて」
シノはそう言って、フライヤーを肩から下げたシンプルな茶色い革の鞄にしまったら、遙に後ろから抱きついて、髪に頬擦りをした。
「や、やめんか!」
「へへ」
やめんか、って僕もちょっと思った。けど、かわいいもの同士くっついててかわいいじゃん、って気持ちにもなる。テディベアとテディベアの饗宴。
「よし!じゃあ行こっか」
「もうあと10分で始まるな!」
「ほら、透も行くよ」
テディベアたちの饗宴にマジの熊が混ざるわけにはいかないじゃんかー
とか、心の中で言ってみる。実際には言わない。
「や、僕はいいよ」
「なんで?もう作品できあがってるし、1時間ないくらいだろ?公演。困らんて、1時間観に行っても」
「そうそう。充さん、すっごいかっこいいよ」
「…だから行きたくない」
「え!かっこいいんだよ?」
ふたりはきょとんとした顔でこっちを見る。
「……嫌われたのにさあ、僕だけ一方的にずっと好きなままじゃん…会ってないのにだよ?見ないようにさえしてたし!」
「まあ、たしかに分かりやすく避けてたなあ。食堂でもめっちゃ確認してたもんな、きょろきょろーって、目で」
「うん…デッサンノート見ただけでもやばかったから、実際見たらさ…」
「フラれた時みたいに泣くんちゃう?」
「あー、大丈夫大丈夫!もしそうなったらまた慰めてあげるって」
容赦ない…!
「行くよ!」
向かってはみるものの、足取りはむちゃくちゃ重い。最後まで観られるかどうかさえ怪しいのに
「絶対大丈夫だよ、透」
なにをもってそう思うのかは分からないけど、シノはにっこり笑った。
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