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「あのさあ、なんなの…」
右腕にシノ、左腕に遙がくっついてる。
「逃げたらいかんぞ」
「そうそう。ロビー出るよって言ってたから、充さん」
「や、逃げるとかじゃなくて、待って、観たじゃん、観終わったし!」
「ほら行こうとしてる!ちょっと待っとけよー、来るまで」
「でもほら、いっぱいいるよ、人!出待ち?出待ちかな、なんか女の人いっぱいで」
「充さんは出待ちの人たちより透と会いたいでしょ普通に」
「なんでよ、むしろ会いたくないでしょ、嫌われたのに……うわ………帰る」
「あほか!会わんかい!くそ、みちる早よ来んかなほんまに…あ、まこちゃん、ちょっとあそこのイス座っとこ。腕組んだまま行くよ」
「うん」
いやもう、めちゃくちゃじゃん
僕だしふられたの。
充さんだよ、別れようって言ってきたの。なのになんで会いたいなんて思うわけ?興味ないって絶対…
さっき一瞬、会えば諦めもつくんじゃないか、って思ったけどそんなわけない。
会ったらまた傷つくことになる。
どうせなにも叶わないのに。
イスに座ってもなお2人に挟まれて、腕組まれっぱなし。逃れられるわけもない。
充さんが出てきたのは、ざわざわしたからすぐ分かった。見るのはつらい。好きの度合いだけが増してしまう。
だんだん、人が減っていくのが分かった。
どれくらいの時間が経ってるんだろう、
「なにしてんの、3人で」
目線が上げられない
「捕まえときました」
「あはは、ご苦労」
「みちるもさあ、とおるちゃんと話したいなら自分で連絡すりゃいいのにさー!」
「だって恥ずかしかったんだもん」
「だもん、てー!!なんじゃこいつっ」
「あー、俺先輩なのにー」
「なにが先輩じゃ!シノ、行こ!」
「うん」
腕が解けて、2人が立ち上がって、顔を上げた。
間近に充さんが見えた。
2人は笑顔で手を振って、行ってしまった。
なにを話すことがある?
だめだ、嫌だ、無理、
振られたあの日からなんの返事もせずに、これ以上傷つくのは怖くて逃げてたのに、
「久しぶり」
これ以上俯いてられない、
「透、」
目が合った。
汗をかいて湿った髪が、首筋に張り付いている。
「来てくれてありがとう」
「はい、」
「…あー、」
一瞬で会話が途切れた。なんとなく立ち上がる。
ああ、そうだ、充さんは僕より少し背が低かったんだ…って、忘れてるわけないけど、でも、久しぶりに実感した。まだ付き合っていたときに、抱きしめたりしたな、好きだった、今も、未だに、ずっと
「えっと…その、……なんだろうな、いっぱい言いたいことあったんだよね…シノにわざわざ頼んでさ、お願い、連れてきてよって、言って…なのに、……はは、だめだな」
充さんは目を細めて笑って、髪を少し触った。
なにを僕に話すことがあるんだろう?
いっぱいだなんて、あの日の言い残した思いがあるのだろうか?よっぽどの、苦々しいことが
これ以上はもう、そばにいることすらつらい。
これ以上好きになりたくない、
これ以上嫌いだなんて言われたくない、
これ以上
あ、とか、は、とか、う、とか、そういう感じの言い表せない声が小さく小さく漏れた。
強く抱きしめてしまったのはほとんど無意識だった。
なんでこうしてしまったのか、わからないけど
「透、」
ただ目の前に充さんがいて、たまらない気持ちになっただけ
触れたいと思っただけ
首元に息がかかってあつい
背中のこのなだらかさが好きだった。何回も手のひらで撫でて
腰の細さ、髪が鼻に触れる、この匂い、
僕の背中には充さんの手のひらが触れる
髪をわしわし、触られる
「ごめんね」
「いいです、もう。改めて嫌いだって言われてももう、大丈夫です。今もう、もうこれで、ちゃんと、終わらせるんで」
「透、」
「なにも言わないで下さい。分かってます、今気持ち悪いかもしれないけどもうちょっとだけ我慢して下さい」
嫌いになんかなれるかよ、
好きだよ、死ぬほど好きだよ、抱き潰してしまいたくなるくらい、
「これでもう、諦めるんで、」
「やめなよ、ねえ、聞いて」
「聞きません、なんも言わないで」
「ばか、違うって!」
背中をバシバシ叩かれる。
腕を緩めた。僕の胸元に頼りなく、手のひらが押しつけられた。
「ちがうよ、後悔してたの」
少し俯いて、髪の隙間から鼻先が見えた。
「別れたいとか、言っちゃって」
「え?」
「こら!いいとこだけどマジでいい加減にしろ。衣装脱げ!ほんとお前はだらだらだらだらいちゃいちゃいちゃいちゃしやがって!!いずみ!」
怒った怜さんがこっちにずかずか歩いてきた。
「明日2回踊るんだろ?衣装!脱げ!!そしてさっさと帰れ!寝ろ!ばか」
「ばかは言い過ぎだろっ!傷つくからやめろや!!あとまじで!!!邪魔!!」
「長えんだよ!!ごめんねとおる〜、好きだったのに構ってほちかったから別れようって言ったんでちゅ〜、でいいだろ」
「やめろや!!」
「透、ちょっと待っててな。服脱がせたらすぐ返すから」
ふたりはバタバタ行ってしまった。
……余韻がすごい。
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