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もう外は暗かった。 まだ夏の名残りで、空気がぬるい。 カフェテリアはちらほら人がいた。 なんとなくそこで待ってたら、何回か2人で遊びに行った女の子が通りがかって、少し話したりした。今度の展示に来てくれるらしい。素直にありがたいなと思った。 彼女と別れて、少し待った。 抱きしめてしまったな、さっき 結局のところ、ちゃんと話は聞けていない。 期待してしまっていいのかどうか、分からない。 顔を上げて、少し見回した。 「充さん!」 こっちに向かってくるのが見えて、小走りで行ってしまったのは無意識 「よかった、待っててくれた」 「そんなの、…そうでしょ、待ちます」 「…だってさあ、遙とシノにがっつり腕組まれてたじゃん、さっき。逃げようとしてたんでしょ」 「逃げ…」 「帰り道で、話、聞いてくれる?」 ゆっくり歩き出す。 駅までの道のりで話終わるのか、それって嫌だな、早すぎる。もっと一緒にいたい、 「さっき言いかけたけど、その…まあ…大人げなくさ、別れたいとか言っちゃったのは、…さみしかったんだ、あの時期」 「あの時期?」 「もう覚えてないだろうけど、ファッションショー出るとかそういう時期」 「覚えてます」 「ほんと?」 「……僕もあの時期は、というか、充さんの公演の日は、忘れられません」 「別れるって言ったから?」 「それもそうだけど、その前の日の夜、」 まだありありと思い出せた。 「スーパーで、女の人と一緒に買い物してるとこ、見たんです」 「女の人と買い物?そんなんしてたっけ」 「してました。ひとつのカゴに2人でいろいろ入れて、くっつきながら」 「あー、あれじゃない?同期でしょ。一緒に公演出てたから帰り一緒になったんだと思う、たしか」 「あの後泊まったんでしょ?」 「え?あの子のとこに?そんなわけないじゃん。普通に帰ったよ、電車で」 「え、嘘でしょ」 「嘘じゃないよ!誘われはしたよ?でも透と付き合ってたじゃん。やだって言ってたでしょ?誰かのとこ泊まるとか。それに、俺だって別に泊まりたいなんて思ってなかったし。早く帰って明日に備えてゆっくり休まなきゃって思ってたよ。明日もきっと透が観に来てくれる、明日は絶対ちゃんとロビーで会うんだーって、思ってた」 充さんは立ち止まった。 「でも、いなかった」 薄くてきれいな唇の端が上がった。見ていて苦しい表情だ、 「そもそも何日か前からね、俺のこと本当にちゃんと見てくれてるのかな?興味あんのかな?って、不安だった。遙とばっかり会って、遙をモデルにするって言って、俺なんか別にどうでもよくなったんだろうなあって……もし、せめてやってたらさ、体でだけでも関係繋げてられるかもしれない、とか思ったけど、…はは、鉄壁だったじゃん!座ってる上に跨ってなんとかしようとしてもさ、なんもなんないし!まああのときは遙いたからあれだけど…でも…だから、もう、どうしようもないんだって、思った」 ため息が小さく響く。 「別れるって言っても、なんも言ってこないしさ!…あー、なんだ、そうだったのかーって。俺ばっかり思い上がってただけだった。食堂で見かけても露骨に避けられてるのが分かったしさ、普通に彼女できてるし」 「それは、」 「いや、いいんだよ全然。俺が別れるって言ったんだもん。そりゃそうだよ。だからずっと、仕方ないじゃんって思ってたんだけど、シノがさ、透と遙と展示するんだーとか、…あと普通にシノと遙、すっげえ仲良いよね。そういうとこ見てたら気持ち全然切りかわんないの。ねえ透、」 肘のあたりを掴まれた。 「もう一回、付き合ってくれないかなあ?」 か細い声だった。 弱々しい姿に見惚れてしまった。 さっきまで力強く踊っていたとは思えない、頼りなげな姿で、本当に僕と、もう一回付き合って、だなんて、 「え、あ、」 情けない声しか出ない… 「浮気してもいいし、俺のことは2番目でも3番目でももっと後ろの方でもいいから、」 「え、いや、」 「むりだよね、ごめん、気持ち悪いって自分でも分かってる。こんな感覚初めてなんだ、歯止め効かなくなっちゃって!あーーー…やべえ情けない、ほんと気持ち悪いね俺」 僕の腕から、ぱっと手が離れた。 「ほんとごめん」 「普通に嬉しいです今」 「いやいいよ、そんな」 「僕の方が多分、気持ち悪いです。充さんを好きだっていう気持ちはずっと続いてるし、描きたいし、独占したい」 抑えはもう効かないと思う。 「僕は充さん以外ないし、充さんには僕しかいないって思ってて欲しい。2番とか3番とかそんなもんなくて、僕には充さんしかいない」 手を握り取った。 「本当にまた付き合ってもらえるんですか?もう我慢しませんよ。すごい束縛しちゃうかもしれない」 「我慢してたの?」 「してましたよ。……今日って、帰りますよね?明日に備えなきゃだし、」 「…泊まりたい」 「いいんですか?」 「我慢できないよ、もう」 「帰りましょう」 手を引っ張った。 充さんはくしゃっと笑った。

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