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第185話
5倍か・・・
魅力的だなぁ
先ほどのスカウトマンの競りがざくろの思考を占拠する。
でも、売りはやめたしな・・・
溜息を吐きながら細い路地へ入ると、アルバイトの受付をさせてくれている会員制高級クラブの従業員出口から、大きなビルの中へ入った。
「おはようございます」
中に入るとそこは煌びやかな男女のホストやホステスがタバコを吸ったりお茶を飲んだり化粧直しをしたりと寛いでいた。
「おはー。ざくろん、今日も可愛いねー」
「おはようございます」
この店のナンバーワンホステスがざくろを見るなり満面の笑顔で挨拶をしてくる。
ナンバーワンなだけあり、彼女はとても見目麗しい容姿の女性だった。
知性を感じさせる上品な雰囲気と長年この夜の蝶としての貫禄もあった。
「ざくろんはこんなに可愛いんだし、受付とかじゃなくて店に出たら〜?ここの客は質も品も良いからオススメだよ?」
サラサラの黒髪を優しく撫でて誘ってくる彼女にざくろは首を横へ振ってそれを断った。
「いえいえ、俺、口下手だし無理ですよ。受付させて貰えるだけ有難いです」
「そうかな〜?ざくろんならただ隣で笑ってるだけでオッケーな気するけど。実際、お客さん達もざくろんのことばっかり聞いてくるし〜」
唇を尖らせて一緒に働こうと甘く強請る彼女に困っていたら、背後から黒いスーツを着たガタイのいい男が紙で丸めた筒でポンっと頭を叩いてきた。
「こら!ざくろを困らせるな。こいつは受付って仕事しながらもちゃんと客寄せしてるからいいんだよ」
背の高い年配の男を見上げて、ざくろは安堵の吐息を漏らした。
「おはようございます、オーナー」
この男はこの店のオーナーであり、ざくろの雇い主だった。
それに加え、今、あきらと住んでいるマンションの保証人でもある。
家を飛び出し、住む家を探して不動産を何軒も回ったざくろは未成年で保証人がいないことから門前払いを食らっていた。
困り果てて、駄目元で新たな不動産を訪ねたとき、そこの客として居合わせたのがこの男、:林 翔平(はやし しょうへい)だった。
他の店と同じように断られるざくろに声を掛けて事情を聞くと、自分の店で働くのを条件に保証人になると申し出てくれた。
寮を出たとき、体を売ることはもうしないと心に誓ったざくろは、この林という男に警戒心を抱いた。
それを感じ取ったのか、自分の名刺を差し出し、怪しい店でないことを林は説明した。
ざくろにはその容姿からホストをして欲しいが、乗り気でないなら受付け業務で良いとまで言ってくれたことに、これほどの条件はないと首を縦に振ったのだった。
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