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逃亡

 空を切る音が耳元を通り過ぎて、『バシュン』と目前の木に弓矢が刺さった。 「止れっ。次は当てるぞっ」  奴隷商の声が後ろから聞こえる。 「もうすぐだっ。走れっ」  すぐ近くで仲間の声も聞こえる。 「ばらけるぞっ」  前を走る男が手を上げて方々に逃げるように指示を出した。 「ディディエっ。こっちに来い」  呼ばれてその背中を追いかけた。  もう少し。もう少し走れば休戦地帯に入れる。  裸足の足が枯れ枝を踏んで痛む。縛られていた手首も痛い。  だけど、もう少しだ。  もう少しで開放される。  踏み付けにされながら掃除することも、寝ることを許されずに水汲みをさせられることも、蹴られて罵られることも……。  父と母の復讐をすることも叶えられる。  目の前の木々の間を必死に走る。  あと少しだっ。 「ぐぅぁああっ」  目の前の仲間が肩を押えて地面に転がった。走りながら転がったせいで、ザザッと音を立てて数メートル転がっていった。それを追いかける。 「ディディエ。先に行けっ」 「でもっ」  駆け寄るのを制して先に走れと手を上げる。肩からは真っ赤な鮮血が流れ出ている。  駆け寄ると無事な方の肩を担ぐようにして立ち上がった。 「先に行けっ」  暴れる仲間を引きずるようにして歩き出すが、後ろからは徐々に足音が近づいて来ている。回りを見回すと先の方を仲間が走っているのが見えた。  周りを見渡し、大きな木の根元の空洞を見つけた。草に覆われたそこになんとかたどり着くと、「ここにいろ」と置いて他の仲間を追って走り出した。  あそこならみつからないかもしれない。  一縷の望みを残して走る。  足音は徐々に近づいてくる。  離れた仲間の姿も少なくなった気がする。  後ろからは足音共に奴隷商の声も聞こえる。 「うわぁっ……」  張り出した木の根に足が取られて勢いよく身体は前へと倒れこんだ。

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