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逃亡
恐る恐る尋ねると、銀糸の男は腰に挿した剣を見せて、「これは国王より兵士へと頂いた剣です」とエクスプリジオンの王家の紋章が刻まれた柄を見せてくれた。
「この剣に誓って、あなたをエクスプリジオンにお連れします」
初めて会った名前も知らない相手だが、信じることはできた。
頷くと、「よろしくお願いします」と頼んだ。
「傷の手当をしましょう。私はイグニス。エクスプリジオン国に仕える森の杜人です」
「……能力者」
世界を支配する『杜人』と呼ばれる能力者達。癒しの力を持つ者、炎を操る者、錬金術に長けた者……それぞれが国に属して、要人として扱われている。
「す、すいませんっ」
そんな地位にある人間に抱き起こされたままの格好に慌てて起き上がろうとしたが、「かまいませんよ。どうせすぐに宿に着きますから」と右手にしていた手袋を口で外した。
汚れるという問題ではなく、この抱えられているということに恐縮しているのだが、「じっとしていなさい」と言われると動くことはできなかった。
手袋を外した手が、裂傷や切り傷の上をゆっくりと撫でた。
「癒しの力とはいっても、完全に治すことはできません。治癒力を高める程のことです」
撫でられたところが熱く感じる。にじみ出ていた血が止り、打撲の痛みも薄らいだ。
「宿に着いて湯浴みをしてから手当てをしましょう」
イグニスに手を貸されて立ち上がった。
視界が開けて周りを見渡すと、先ほどの甲冑を着た男の他にも馬に乗った兵士や軽装の防具をつけた兵士たちが列を組んでいて、「お待たせしました」とイグニスの声に、すぐ近くの兵士が馬を連れて来た。
「馬には乗れますか?」
聞かれて首を横に振った。
生まれてから一度も馬に乗ったことは無い。
「この馬は大人しいですから、すぐに慣れますよ」
イグニスは軽々と馬に跨った。
上から手を伸ばされて、どうしていいか分からずに首を傾げる。
「手を。足はここに掛けて」
言われた通りにすると、握った手をグイッと力強く引かれて、馬に跨らされた。
数時間かけて森を抜けると小さな町にたどり着いた。
「今夜はここで宿を取る。今後の予定を組みなおすから……」
列の先頭を進んでいた甲冑の男は兵士に指示を出すと数人の兵士を連れて宿へと入って行った。
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