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逃亡
「ディディエ。あなたもこちらに」
イグニスに連れられて甲冑の男が入って行った宿とは別の宿へと連れて行かれた。
「ここを使ってください」
「……ここを?」
通されたのはベッドが置かれた部屋だった。
これまで部屋なんて与えられたことが無い。同じ使用人として雇われた奴隷たちと倉庫や納屋のようなところに雑魚寝だった。
見上げるとイグニスは首を傾げて、「隣は私が使います。他の兵士たちも並びの部屋を使いますから、誰かが捕らえに来るような心配はいりませんよ」と説明された。
「いえ、そうでは無くて……こんな部屋使ったことが無くて……僕が使ってもいいんですか?」
ひとり部屋なんて落ち着かない。
「あなたの部屋ですよ。そこでシャワーを浴びれます。着替えは用意させますから、着替えたら言ってください。手当てをしますから」
イグニスは、「着替えを取ってきます」と言って出て行った。
木造の綺麗な部屋。小さな窓があり、白い清潔なシーツの敷かれたベッド。イグニスに言われた浴室を開くと壁に1つシャワーが取り付けられていた。そして、白いタオルが畳んで置かれていた。
『バタン』
扉の開く音がして振り返ると、そこには背の高い赤い髪の男が立っていた。
燃えるように赤い髪と同じように赤い瞳。半そでのシャツからは逞しい腕が出ている。
奴隷とは違うおどおどとした態度はなく、圧倒される威厳と品のある雰囲気に後ずさってしまう。
「イグニスはどこだ」
その声に、黒い馬に乗っていた甲冑の男だと分かった。
「イグニスさんは着替えを取りに……」
「じゃあ、すぐ戻ってくるな」
男はそう言うと部屋を横切ってベッドに腰を降ろしてしまった。
「俺に構うことは無い。さっさと浴びて来い」
促されて浴室のドアを閉めた。
念のため鍵もかけた。
あちこちにできた傷に湯が染みる。
「ふわふわだ」
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