10 / 167

逃亡

 タオルの柔らかさに顔を埋める。ゴワゴワした布ではない、タオルの柔らかさに微笑が零れる。タオルを腰に巻いて、もう一枚で身体を覆うと着ていた服を手に持って浴室から顔を出すと、「もう出たのか? しっかり洗ったのか?」とベッドにまだ男は座っていた。 「あ、洗いました。あの、イグニスさんは?」  緊張に声が震える。顔だけを出して部屋を見渡してもイグニスの姿は無い。 「まだだ。どうせ兵士に捕まっているんだろう」  着替えは今まで着ていたものしかない。それも森の中を走ったり、転んだりして所々破けて、泥だらけで着る事はできない。 『コンコン』 「おまたせしました」  ノックの後にイグニスが入って来た。 「シャルール様。こちらにおいででしたか。ディディエ。着替えはこれです」  差し出された着替えをタオルの隙間から手を出して受け取った。 「同じ男なんだから、さっさと出てきて着替えろ」  ベッドに座った男は機嫌悪く言って、じっとこちらを見た。  それでも浴室から出ずにいると、「ディディエ。中で着替えていいですよ」とイグニスに促された。 「ったく、女じゃねぇんだから。まさか女じゃないだろう?」  意地悪く口端を上げて笑う。 「ち、違います。男です」 「シャルール様。私に用事があって来られたのでしょう。用件をどうぞ」  割って入るようにイグニスは言うと、浴室のドアを閉めた。  急いで用意してもらった服に着替えた。白いドレープの入った上着はベージュの刺繍が入っていて肌触りもいい。肌の露出が少ないのも助かった。  そっと扉を開くと、「救急箱を借りてきましたから傷の手当をしましょう」と振り返った。 「見られるようになったじゃないか」  男は笑って、座っていたベッドから立ち上がり、部屋の端に置かれていた小さな椅子に座りなおした。 「ディディエここに座ってください」  今まで男が座っていたところを指されておずおずと腰を降ろした。  縄で擦り切れた手首と足首、転んでできた打撲や裂傷に薬を塗ってもらった。捻って痛みのある足首はもう1度癒しの力をあててもらった。清潔な白い包帯があちこちに巻かれてはいるが、痛みはほとんど無かった。 「ありがとうございます」  お礼を言うと、「他は大丈夫ですか?」と服の中を指差されたが、「他は大丈夫です」と服の前をかき合わせた。 「本当に女みたいだな」  男は意地悪く笑う。

ともだちにシェアしよう!