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逃亡
この意地悪な男が何者なのか分からない。兵の先頭を進み、イグニスが『様』と付けて呼ぶからには身分のある立場なのは分かる。
「救急箱はここに置いておきますから、もし痛むところがあれば自由に使ってください」
「ありがとうございます」
こんなに親切にされたことなど無い。丁寧に扱われることに慣れなくて、ついつい俯いてしまう。
椅子に座っていた男は立ち上がるとゆっくりと近づいて、その大きな手を顎に回して無理矢理に顔を上げさせた。
「……なっ……何……」
見上げるとすぐ近くに深紅の瞳が見つめていた。
振り払おうとその手を掴むが、僕の力ではそれは叶わなかった。
「まだ幼いな。いくつだ?」
「……17歳」
「まさか? 13、4歳じゃないのか?」
背が低く童顔なせいか若くは見られるが、そんなに幼く見られたのは初めてだ。
「来月には18歳になります」
答えると手を離された。
「名前は?」
「ディディエです」
「舌を噛みそうな名前だな。出身はどこだ?」
「スオーロです」
目の前に立って見下ろされる。
長身で鍛えられた身体に圧倒される。
「夕飯まで時間があるな。兵に紹介するから付いて来い」
「……あなたは?」
僕にだけ聞いて自分は名乗らないのだろうか?
男はイグニスを一瞥すると、「俺はこの国王兵団の団長を務めるシャルールだ」と名乗った。
国王兵団……それはつまり国王を守るための特別な兵。その団長ということは身分や位の高い人間だ。イグニスのような要人が仕えるほどの。
「ほら、行くぞ」
シャルールは僕の腕を掴むと無理矢理引き立たせた。
「……てぇ……」
急に立たされて、捻った左足の痛みに呻いてしまった。
「大丈夫ですか? シャル、ディディエの紹介は明日でもいいでしょう。今夜は休ませて……」
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