11 / 167

逃亡

 この意地悪な男が何者なのか分からない。兵の先頭を進み、イグニスが『様』と付けて呼ぶからには身分のある立場なのは分かる。 「救急箱はここに置いておきますから、もし痛むところがあれば自由に使ってください」 「ありがとうございます」  こんなに親切にされたことなど無い。丁寧に扱われることに慣れなくて、ついつい俯いてしまう。  椅子に座っていた男は立ち上がるとゆっくりと近づいて、その大きな手を顎に回して無理矢理に顔を上げさせた。 「……なっ……何……」  見上げるとすぐ近くに深紅の瞳が見つめていた。  振り払おうとその手を掴むが、僕の力ではそれは叶わなかった。 「まだ幼いな。いくつだ?」 「……17歳」 「まさか? 13、4歳じゃないのか?」  背が低く童顔なせいか若くは見られるが、そんなに幼く見られたのは初めてだ。 「来月には18歳になります」  答えると手を離された。 「名前は?」 「ディディエです」 「舌を噛みそうな名前だな。出身はどこだ?」 「スオーロです」  目の前に立って見下ろされる。  長身で鍛えられた身体に圧倒される。 「夕飯まで時間があるな。兵に紹介するから付いて来い」 「……あなたは?」  僕にだけ聞いて自分は名乗らないのだろうか?  男はイグニスを一瞥すると、「俺はこの国王兵団の団長を務めるシャルールだ」と名乗った。  国王兵団……それはつまり国王を守るための特別な兵。その団長ということは身分や位の高い人間だ。イグニスのような要人が仕えるほどの。 「ほら、行くぞ」  シャルールは僕の腕を掴むと無理矢理引き立たせた。 「……てぇ……」  急に立たされて、捻った左足の痛みに呻いてしまった。 「大丈夫ですか? シャル、ディディエの紹介は明日でもいいでしょう。今夜は休ませて……」

ともだちにシェアしよう!