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逃亡
イグニスは俯いてしまった僕に気がついて優しい声音で聞いた。
「……フェメルさんは奴隷が嫌いのようでした。フェメルさんの仲間の方たちもそうなんでしょうか?」
「どうでしょうか。不安になることはありませんよ。シャルール様は客人です。よほどのことが無い限りはディディエを蔑むようなことはされませんよ」
イグニスは微笑んで馬の手綱を緩めた。
すぐ前をシャルールが進んでいる。
この間は甲冑を着込んでいたが、今日は軽装だ。いくら休戦地帯とはいえども、敵対するスオーロ付近に向かっているのに、軽装は危険な気がした。
イグニスが手綱を緩めたことで、馬のスピードが落ちた。それはシャルールの馬が遅くなったのに合わせたからだけど、「シャルール様っ」イグニスの呼びかけにシャルールの反応は鈍い。
「どうしたんでしょう?」
僕がイグニスに問いかけると、イグニスは、「シャルッ。馬を止めてください」と何度も呼びかけ、左腕を上げると兵を止めた。
シャルールは止めた馬から降りると、馬の鞍に着けてあった水筒を取り出し、水を煽った。
イグニスが馬から降りたので、僕も馬から降ろされた。
「今回は早くないですか?」
「……そうだな。少しな」
後ろの兵士たちも馬から降りた。
「少し休憩にします」
イグニスはそう言うとシャルールを木の根元に座らせた。
「湖まではまだあります。先を急ぐか、宿を取るか……」
「兵は予定通り進ませる」
「では、少しだけ時間を」
イグニスはそう言うと手袋を外して、シャルールと向かい合って両手を繋いだ。
「イグニスさん?」
何をしているのか尋ねると、「シャルール様は火の杜人です。向かっている湖は龍神の杜人が制圧している地域です。シャルール様は火の杜人の中でも強靭な力を持っているため、抑制されてしまうのです。私のような森の杜人は逆に力を増幅します。今、シャルール様を回復させているのです」と説明してくれた。
イグニスの説明にあった『龍神の杜人』というのは初耳だった。
「龍神の杜人って……なんですか?」
森は癒し、火は火、土は錬金……それぞれに長けたものを持っているのは知っているが、『龍神』は分からなかった。
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