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逃亡
「龍神の杜人は……既に滅びた杜人の種族です。元ブルーメンブラッドの王家に伝わる血筋で、数代前の国王がその力を有していました。滅んでもなおその強靭な力によって、湖は守られているのです。龍神とは水の杜人です」
「水の? その龍神の杜人がいなくなったら水はどうなってしまうのですか?」
この国々に水を行き渡させている大元がこの先にある湖だ。その湖の水の杜人がいないとなると、一大事ではないのだろうか?
「数代前の国王の庇護が続いている限り、水は枯れません。ただ、水質の悪化は免れることはできないようで、フェメル様のような強い能力を持つ方々によって水を守っているのです」
「この休戦地帯も湖を守るためのものだ」
シャルールはそう言うとイグニスの両手を離し、「もう少し」と言って正面から背中に両腕を回すようにして抱きついた。
「いつものことですから」
驚いた僕にイグニスは笑って答えた。
抱き合うようにして座っている2人に周りの兵士たちは驚くこともなく馬に水を与えたり、荷物を移動させたりしていた。
能力者は地位があって優遇されることが多いけど、反するものから影響を受けることをはじめて知った。
「ディディエ。馬に水を与えておいてください」
「はい」
イグニスに言われて、スレアとサラエの手綱を引き寄せて、すぐ側の小川で他の馬と一緒に水を飲ませた。
この水が枯れてしまったらと思うととても怖かった。
ブルーメンブラッドは水の都と言われ、国中に水路が張り巡らされ緑豊かな美しい国だったと聞いている。スオーロに占領され、その名残は見る事はできても、水路は寸断され、寂れてしまっている。
無くなった両親もブルーメンブラッドの出身だけど、王家についての話は聞いたことが無かった。『龍神の杜人』の血筋。もしもこの龍神の杜人が健在であったなら、国を占拠されて奴隷なんて生まれなかったかもしれない。
奴隷として苦しんでいる国民はたくさんいる。
この先にある湖を手に入れることができれば、世界を制圧することは容易だろう。
スオーロがそれを企むことは容易だ。
他の国からの庇護や支援を受けてブルーメンブラッドは成り立っていた。
スオーロがブルーメンブラッドを武力で攻め入ったときに、湖を全力で守ったのは隣国のエクスプリジオンだ。その後、休戦地帯を敷いてスオーロやアウルムと協定を結んで湖を守っている。
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