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龍神の杜人

 初めてここに来たはずなのに、何か懐かしいものを感じる。水に近づいて手ですくってみる。  濁りの無い柔らかい水が指の間を流れていく。 『…………』  何かが聞こえて顔を上げるが、そこは静かな湖面がどこまでも続いているだけだ。後ろに広がる森からではない。  湖の半分は霧で覆われているが、そちらに誰かがいるような気配も無い。  聞き間違えだろう。  周りを見渡しても誰もいない。 「気のせいか」  履いていた靴を脱いで水の中に足をつけた。  捻って痛めていた足はすっかり良くなっていた。普段より完治が早いのはイグニスの能力のおかげだろう。  パシャパシャと水を蹴って、足裏に感じる砂の感触を楽しむ。川とは違って粒子の細かい砂は気持ちがよかった。  少し冷たい水が心地よくて、ズボンの裾を持ち上げて膝下まで湖の中に入った。  1人で水で遊ぶなんてことが今まで無かった。 「こんなに気持ちがいいんだ」  バシャバシャと水しぶきを上げて走ったり、足で蹴ってみたりとだいぶん遊んだ。  泳いでみたいとも思ったが、風呂に入る意外に水の中に入った事が無いためにそれは躊躇われた。それに服を脱げない。  どのくらい時間が経っただろうか、薄暗くなってきたのに気がついて遠浅で砂浜からだいぶん離れていることに気がついて靴を置いた方へと向かった。  靴の横にはシャルールが立っていた。着替えたのだろう、白いシャツと長ズボン姿だ。 「す、すいません」  時間がそんなに経っていたとは気がつかずに、シャルールに迎えに来られたのが悪くて、謝った。 「水とはそんなに楽しいものか?」  シャルールはそう言って、手に水を掬い取った。 「初めて水の中に入りました」  僕が答えると、「俺はまだ入ったことが無い」と笑った。能力を抑制されると言っていたから、水が苦手なのだろう。 「足くらいは大丈夫だろうか?」  水の中に入ったままの僕を見てシャルールは笑った。赤い瞳が細くなる。 「それくらいなら大丈夫じゃないですか? 気持ちいいですよ」  バシャっと音を立てて足を動かした。シャルールは靴を脱ぐと足を水に漬けた。 「風呂とかは大丈夫なんですよね?」

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