38 / 167
龍神の杜人
イグリア? キョロキョロと周りを見渡すと、それらしき人物が兵達の前に進み出て、シャルールの前で肩膝を付き、頭を垂れた。
「すでにこの命捧げた身。仰せのままに」
イグリアは腰に差した短剣を両手で恭しく掲げた。シャルールは掌を上にして掲げると小さな炎を出し、「加護を」と炎を押し付けた。兵の後ろからその様子を見ていたのでよく見えなかったが、剣は赤く色づいてすぐに元へと戻っていた。
「2時間後には出発する」
シャルールはそう言うと、森の杜人たちと宮殿へと向かって行った。
既に早馬でエクスプリジオンに向かう兵は決まっていたらしく、軽装の兵は用意されていた馬で早々に出発した。
ガジューと一緒に馬具を取り付けながら、捕虜となるイグリアのことを聞いた。
「イグリア様はイグニス様の末の弟だよ。シャルール様の従者の1人で……」
ガジューは少し言いにくそうにして、「ご寵愛を受けているって噂もある」と小さく耳打ちした。
「えっ……でも、男の人だよね?」
さっき見たイグリアは線が細く、若くもあったけど、明らかに男だった。
「噂になるくらいだから何かあるのかもしれないけど、イグリア様は熱心に尽くしているよ」
イグニスと兄弟なら同じ能力を持っているということだろうか。
「杜人なの?」
「イグニス様とは腹違いで、能力は持ってないよ」
確かに森の杜人の特徴でもある髪は銀糸ではなかった。だけど、イグニスによく似た美青年ではあった。
「ディディエ。急ごう」
馬場に集まっていた兵士たちも手伝って、馬具を取り付けていく。
部屋に荷物を取りに行っていた兵士たちは軽装を身につけ、再び集まってきた。
「ディディエ。荷物を取って来いよ」
ガジューに言われて、部屋に荷物を取りに行った。荷物は与えられた服だけで、特に無い。小さな袋に押し込むとすぐに部屋を出た。
「あなたがディディエ?」
部屋の前にはイグリアが立っていた。
「はい」
イグリアは、「シャルール様に近づかないで」と睨みつけた。
意志の強そうな瞳に睨みつけられて、たじろぐ。
「僕は、近づいてなんて……」
「シャルール様は昨日、ここに泊まったのでしょう?」
ともだちにシェアしよう!