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龍神の杜人
「何も叩くことないじゃない」
イグリアは僕の肩をドンと押した。イグリアの頬は薄っすらと赤くなっていた。
「ちょっとからかっただけだよ。そんなにむきになるほどのことじゃ……」
「知らないから、言えるんだっ」
無人の廊下に声が響く。顔を上げて大きな声を出した僕に、イグリアはたじろいだ。
「現状を、現実を知っている僕たちがどんな思いで逃げ出して……必死に生きてきたか……何も知らないから言えるんだ。馬鹿にできるんだ」
握り締めた拳が力でぶるぶると震える。
「僕達は必死にっ、必死に生きてきたん……」
「何をしているんだ」
廊下の先の階段を上がってきた数人の兵士がこちらを見て声に驚いたのだろう、駆け寄ってきた。
はっと我に返り、握り締めていた手から力を抜いた。
「なんでもないよ。何か?」
イグリアは不機嫌そうに言って走り寄ってきた兵士に尋ねた。
「シャルール様がイグリア様をお呼びです」
「そう」
イグリアは返事をして、「こちらです」と先を促す兵士の後に続いた。
僕とのすれ違い様に、「せいぜい足掻いたらいいよ」と耳元で呟いた。
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