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彼の地へ

 にっこりと顔は笑っていても、何故だろう背筋に寒気を感じた。口を押えた手を離して僕の腕を取ると引き起こしてくれた。  突如現われた男は、これまで見たことの無い男だ。線は細く、飾りの付いた黒い短髪、耳には黒い石がいくつか飾られ黒い甲冑を身に着けている。  そして、その男の横には白い毛に全身を覆われた獣が座っている。その背から長い尾っぽがゆらゆらと揺れているのが見える。 「あなたは、誰?」  震えそうになる声を必死に抑えた。 「今は……必要じゃない」  そう言うと男はシャルールの前に跪いて顔を覗き込んだ。 「何の用だ」  シャルールはさっと顔を上げるとすぐに剣を手に取った。 「今言ったでしょう。顔を見に来ただけだと……」 「その虎。スオーロの者か」 「今は戦う時じゃない。時はいずれ訪れる」  男はシャルールの剣に手をかけて、押えた。金色の細工が施された髪飾りがサラサラと揺れた。  スオーロっ。僕を捕まえに来たのだろうか。  咄嗟に身構えたが、男はシャルールを見つめたままだ。 「何しに来た」 「顔を見に来ただけだよ。赤い団長は見目も麗しいと有名だからね……今日は銀の側近はいないみたいだけど……」  首を傾げて視線だけで僕を一瞬見つめた。 「彼も、面白そうではあるね……力は図れないけど、何かを、感じる」 「お前、金白の杜人か」  シャルールの言葉に彼をじっと見つめた。シャルールやイグニスのように見た目に特徴は無い。スオーロには金白の杜人が多くいるが、奴隷の身分ではその姿を見る事は叶わなかった。 「まぁ、そうだよ。赤い団長」  黒く艶やかな光沢のある手袋をした手がシャルールの赤い髪を摘んですぐに離した。シャルールが振り払うよりも先に。 「まみえる時はいずれ訪れる……避けることは困難だ」  男はスッと立ち上がると、白い獣のふさふさした頭を撫でて、「じゃあ、またね」と言って草の合間を進んで行った。  シャルールが立ち上がって、剣を持ったまま男の後を追ったが姿は無かった。そして、馬の蹄の音も聞こえなかった。

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