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彼の地へ

 ヴァレンは腕を離すと床に座った。 「お前のその傷は産まれ付きか?」  真剣な眼差しに誤魔化すことも出来なかった。さっき服を上げた時にヴァレンには見えたのだろう。 「……分かりません」 「俺の祖父も医者だ。昔……幼い頃だが、その傷と同じものを見たことがある。もう1度、見せてくれないか?」 「……両親に見せるなと……言われています」  座っているヴァレンを見下ろしたままそう言うとヴァレンは、「確認するだけだ。もしも、俺の記憶違いならそれに越したことは……いや、そうでもないが……俺の記憶が正しければ……」何度か言いなおして、「もう一度だけでいい。誰にも言わない」と強く懇願してきた。 「この傷が何か?」  何を確認しようとしているのかが分からない。この傷に何か意味があるのか。  両親に人に見せないように言い躾けられていてもその理由は聞かされていない。 「そこに座れ」  促されて向き合うように座ると、ヴァレンは立ち上がって今入って来た扉に鍵をかけた。 「どうして鍵を……」 「シャルにも知られてはならないからだ」  ヴァレンは元の場所に座ると、「祖父の診療に付き合って行ったのは17年も前の事だ。まだ、ブルーメンブラッドは存在していた」と話し出した。 「龍神の杜人は銀糸の髪にダークグレーの瞳をしている」  じっと僕を見つめるが、僕は銀糸でもグレーの瞳でもない。顔を隠すように伸ばした髪は黒く、後ろ髪は不揃いでぼさぼさだ。丸顔のせいか童顔で実年齢よりも幼く見られる。 「極少数しか存在していないせいか、身を隠す術を持っているらしい。俺が会ったのは2人の杜人だ。スオーロに襲撃されて逃げる人の中にその2人はいた。国王兵団の医師をしていた祖父は戦地で診療をしていた。そこに瀕死の男が連れてこられて一緒にいた女は臨月を迎えた妊婦だった」  ヴァレンは目の前で手を組むとギュッと握り締めた。 「女は、男を頼むといってすぐに出て行ってしまって行方は分からない。黒く長い美しい髪だったのを覚えている。瀕死の男は手の打ちようも無く間もなく死んだ。女と同じように黒い髪だったはずなのに、死んだ男は色白で銀糸の髪だった」 「龍神の杜人だったんですね?」  死んでその術が解けたのだろう。ヴァレンは頷いた。 「祖父は必死に手を尽くしたんだ……その男を脱がせたその腕に、お前の背中にある傷……紋様と同じものがあった」

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