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彼の地へ
「髪を整えてもらえ」
「いえ、このままで結構です」
まだ湿っていて髪は寝ているが、少し癖のある髪は乾くと広がって、顔を半分は隠してしまう。
それに前髪も長い。
「せめて、その前髪だけでも直せ」
「いえ、僕はこのままでいいです」
言い返すと、「まぁ、いい。この戦が終われば俺が切ってやる」と口端を上げた。
この戦いが終わったら……。
本当にこの戦いが終わったら、戦の無い時代が来るのだろうか。
このエクスプリジオンが4国を治めたら、奴隷は解放されて、争いは無くなるのだろうか。
「ディディエ、ちょっと来い」
シャルールは侍女と兵士を部屋に残して、入口とは別のドアを開けた。
「なんですか?」
呼ばれて中に入ると、シャルールはドアを閉めた。
その部屋の中央には白く透き通った布が幾重にも重ねられた天蓋つきのベッドが置かれた寝室だった。すぐ横の大きな窓は広いバルコニーへと繋がっていて、朝日が燦々と降り注いでいた。
部屋の装飾も素晴らしく、その豪華さに僕が声を上げるよりも先に、口を塞がれた。
顔を覆う赤い布は、シャルールが着ているスーツとマントだ。
「シャルー……」
驚きに抗議しようとしたが、強い力で抱き締められて身動きができない。
それに、心臓の音が耳に木霊するほどに高鳴って、緊張に動けない。
シャルールが少しだけ力を緩めて、屈むようにして僕の頬と自分の頬を合わせた。
「お前の冷たさは俺を落ち着かせる」
野宿した時にもシャルールはそう言って、僕を抱き締めたまま眠った。
僕にできること……なのだろうか。
「シャルール様が望むなら」
僕は下げていた両手をシャルールの背中に回した。背伸びをするようにして抱き返すと、シャルールが少しだけ笑って僕を放した。
「俺が望むことをお前は叶えてくれるか?」
「僕が、できることなら」
シャルールが僕を助けてくれている。この国を助けてくれようとしている。それを助けることができるなら、シャルールの望みを叶えることぐらい容易い。
「簡単に言うな」
自分で言っておきながらとは思ったが、「だが、お前にしかできないことだ」と言い募られた。
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