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総失
兵たちは口々に策を口にするが、指揮を任されている兵長はたじろぐばかりで、困惑している。
「ディディエ様っ。あなたは部屋にお戻りください」
追いかけてきたのだろう、先ほど塔の上にいた兵士が僕の腕をつかんだ。
「なんでっ、僕も一緒に戦う」
言いながらその腕を振りほどいた。
「それはなりません。シャルール様より、あなたの身の安全を言いつかっています」
「そのシャルール様が危ないのに、部屋で待てるわけないだろうっ」
僕が叫ぶと、正面にいた兵長が、「シャルール様の身の安全を確保するため、早馬を出し、我々はスオーロの兵を抑えるため、早急に出立する。街に1人も敵兵を入れるなっ」と叫んだ。
その声に並んでいた兵士たちは怒号のような雄たけびを上げ、後方にいた騎兵隊の馬たちが嘶きを上げた。
僕の声なんてかき消されてしまう。
兵長は僕の腕を掴み、「あなたは部屋に戻り、待機していろ」と言った。
「そんなの嫌だ」
じっとなんてしていられない。危機が迫っているというのに、奴隷の仲間もここまで連れてきてくれたシャルールやイグニスもヴァレンも、みんな戦っているというのに、僕は身の安全を確保された部屋の中で待つなんてこと、できない。
「シャルール様が、あなたを置いて行った意味を考えなさい」
兵長はそういうと、「部屋に連れていけ」と追いかけ来た兵に僕を押し付けた。僕は背後から両腕を押さえつけられた。
『シャルール様が僕を置いて行った意味』? それはなんだ。
僕に何も告げず。待っていろと言って出立してしまうなんて……。
兵士は僕を抑えたまま城に向かって歩き出す。
「シャルール様はあなたを危険な目に合わせたくないんですよ。この混乱の中で、あなたまで守れる保証はありませんから」
そうか。自分の身も守れない僕が、シャルールに付いて行っても足手まといになるだけだ。
「だけど、僕も何か役には立ちたい……」
せめて部屋で待つだけなんてことはしたくない。
「ですが……」
「大変だっ。水が、水がないっ」
叫び声が聞こえた。
「街の水に毒がっ」
「救急班は急いで街の医療所に行けっ」
「水の使用を止めろっ」
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