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総失
あちこちから叫ぶように兵士の声が聞こえた。
「水筒の水を捨てろっ」
「何の毒だ」
腕を掴んでいた兵士が足を止めた。
「水に毒を入れられた……」
元ブルーメンブラッドの水源をスオーロに占拠され、宮殿の保守の兵士たちは壊滅したと報告されていた。
危惧していた事態は最悪の形で起こってしまった。
水が止められ、今ある水も使えないとなると事態は急変する。
落ち着きを無くす兵が口々に不安を口にする。
周りを見渡し、兵長を見つめるがその顔は青ざめ、視線はさ迷っていた。
ここにシャルールはいない。
大きく深呼吸すると、背中から僕を抑えていた兵士を突き飛ばした。途端に自由になった腕を前へと伸ばし、茫然としている兵長の鎧を掴んだ。
「指示をっ」
僕が叫ぶと、兵長ははっと我に返り僕を見つめた。両手で掴んだ鎧を揺さぶる。
「ここにシャルール様はいないんだっ」
揺さぶって突き飛ばすようにして鎧から手を離すと、武装された足を音を立てて地面に叩きつけた。
「出立するぞっ。武器を持てっ」
兵長は大声で叫ぶと、「時は無いっ。第一兵団はアウルムへ向かえっ。第二兵団はここでスオーロの兵を迎え討て……」と指示を出した。
その大声に兵士たちの怒号のような気合を入れる声が響いた。
緊張が一気に高まる。
兵長とその一団は側に待機させていた馬に跨ると、「祝杯を我が新王に」と叫び片手を天高く突き上げた。
そして、その腕が森の方へ、アウルム国の方へと倒されると同時に兵たちは走り出した。
僕は先ほど肩を掴んでいた兵士に再び捉えられ、土埃と走る兵たちをよけてその様子を見送っていた。
「僕は、僕はシャルール様の元に……」
「それはできません。ここで、あなたの身の安全を守るのが私の仕事です」
守ってなど欲しくない。
ともに戦い、自由を手に入れたい。
「僕は、僕はシャルール様のところに行く」
近くにいる兵士の声は他の兵の叫び声によってかき消されて、聞き取ることはできない。僕の声も相手に伝わっていないかもしれない。
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