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王の帰還
焼野原の真ん中で、周りを敵兵に囲まれ、逃げる場所なんてどこにもない。
シャルールを置いていくこともできない。
「シャルは私が何とかします。あなただけでも、逃げなさい」
応戦しながらイグニスが叫ぶ。
「イグニス様っ」
叫ぶ声と共に赤い炎が敵を包んだ。
一瞬シャルールかとも思ったが、それは後発の部隊と共に合流したシャージュだった。シャルールほどではないが、火の杜人のシャールも炎を操ることはできるのだ。
「シャージュ。シャルを頼む」
イグニスはそういって向かってくる敵に剣を振り下ろした。赤黒い血飛沫が黒い大地に沁み込んでいく。
黒く焼けた大地は熱を持っていて熱く、倒れた木からは未だに炎と煙を上げていて、それが戦気を煽っているようだ。
その悍ましさと恐ろしさに指先から震えだした。
守ると言ってくれたシャルールが今は目を覚まさない。
いつでも守ってくれていたシャルールがいないというだけで、こんなにも心細い。
こんなにも儚い命に恐怖を感じた。
「シャルール……シャルールっ、僕を、守るって、言ったじゃないかっ」
目を覚まさないシャルールの胸を掴んで揺さぶったが、返事はない。
「ディディエ、そんなことをしたら……」
シャージュが止めようとするが、僕はそれをはねのけた。
「僕を、僕を望んでくれたじゃないかっ」
俺のものになれと、膝を着いて望んでくれたのはついさっきだった。
「シャルールっ。シャルール……」
何度も呼びながらその胸に顔を埋めた。
シャルールが目を覚ましてくれたら、この戦いを止めてくれたら、僕は、僕は何も望まない。
すべてをシャルールに捧げる。
シャルールが望むまま、僕のすべてを、シャルールに捧げる。
「ぐぅああっ」
叫び声に顔を上げるとともに、目の前を銀糸が踊り、赤黒いものが顔に飛び散った。
「イグニスさんっ」
「ぅうううっ」
うめき声とともに起き上がろうとしてイグニスが地面を這った。
「イグニス様っ」
側にいたシャージュがイグニスに駆け寄る。
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