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王の帰還
顔に飛び散ったものを手で拭う。
赤黒い鮮血が手の甲を伝った。
「うぁぁああああ……」
声の限り叫んだ。
どうして、どうして戦いは終わらない。
どうして傷つけ合わなくてはならない。
敵の大将は倒れ、見方の王も倒れたというのに、なぜ、終わらない。
この戦いの望みはなんだ。
何を望んで戦っている。
自由を、平和を求めたんじゃないんだろうか。
戦いの恐怖を払拭し、平和な国を作るための戦いじゃなかったんだろうか。
『パリッ』
シャルールを抱きしめたまま、何かが割れる音が聞こえた。
それは小さく、微かな音だった。
剣のぶつかる音、馬の嘶き、炎の上がる音……。
すべてが、消えた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ……。
耳に大きく聞こえるのは誰の心臓の音なのか。
閉じていた目を開けても、シャルールは目を閉じたまま動かない。
背中の獣に傷つけられた箇所が焼けるように痛んだ。
叫ぶ声は音を失って息が耐え……。
シャルールを離すと立ち上がった。
ユラリと引き上げられるように身体を起こした。
腰に結びつけていたヴァレンから預かった小刀がカチャンと音を立てた。
見渡す景色が青白く覆われて、ゆっくりとした動きにしか見えない。
振り下ろされる剣もゆっくりと降ろされるように見える。
『…………』
掠れた声が耳に聞こえた。
あのブルーメンブラットの湖畔で聞こえたあの声だ。
瞬きがやけにゆっくりに感じられて、目を開くと視界を遮る物を手で払い、それが自分の髪であることに気が付いた。
「青?」
銀糸に近い青い色の髪が長く伸びている。
その髪を掴んだ自分の手は傷だらけで、たこやマメがつぶれた汚い手だったはずなのに白く美しかった。
胸の前で両手を広げて自分の意思で動かし、それが自分の手であることを知った。
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