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王の帰還
怒りに息が上がる。喘ぐように言葉を吐き出した。
ハルは驚いたように振り返った。
その顔を睨み付ける。
「僕の父親を返せっ。仲間もっ、友達もっ、今だって、苦しんでいる奴隷はたくさんいるんだ。奴隷印を押された子供たちが痛みにのたうち回って、苦しんで、それからの蔑まれた生活をお前は知らないだろうっ」
掴みかかろうと手を伸ばすが、横にいたイグニスに抱き留められた。
「ディディエっ」
「離せっ、僕たちはやっと、やっとここまで逃げて来たんだっ。逃げた仲間が捕まって拷問を受けているかもしれないんだっ。それなのに、お前は国を捨てて逃げて来たっ」
「ディディエっ、落ち着きなさい」
「家来をたくさん連れてっ、のうのうと生きて来たんだっ。僕たちの苦しみも知らないでっ。僕たちには着替えも無かったっ靴もっ、雨が降っても傘も無かったっ。水もまともに飲むことだってできなかったっ」
日照りが続いて、水を干しがって喘ぎ、蓋の閉められた井戸に縋って指先を痛めた。着替えの服は無く、薄汚れ破れた服を着続け、裸足で働き続けた。
「誰にも助けを、求めることもできなかったっ。誰も助けてくれなかったっ」
叫ぶ声と共に涙が溢れて頬を伝う。
「奴隷だっていうだけで、奴隷の子どもだからって奴隷にされて、売られて、拷問を受けてっ死んだっ。陰に隠れて僕たちは生きて来たんだっ」
腕を振るが、イグニスに捕まれていてそれも叶わない。
「誰がっ。誰がそんな奴らを許せるんだっ。許せるなんて……許せるなんて……」
声が震える。怒りに振り上げた腕を下した。誰もが制止する声を上げずに僕を見ていた。
ぼたぼたと涙が地面に落ちていく。降りしきる雨に濡れた地面は水たまりができていて、そこに波紋を広げる。
「ディディエ。これからその奴隷を解放するんだ。お前の気持ちは分かるが、その苦しみを断ち切るんだ。誰にも支配なんてさせない」
シャルールはそう言って、「イグニス離してやれ」と言った。そして、僕に手招きして
肩を引いた。
「これはディディエという。スオーロからエクスプリジオンへの亡命を求めて俺たちと出会った。今はこんな形をしているが……」
僕にかけられていた形状を変える魔法のようなものは解けてしまって、今は綺麗な銀糸の髪をして、シャルールから渡された服を着ている。とても奴隷には見えないだろう。
「スオーロから逃げ出してきた奴隷だ」
シャルールが腕を取って引き寄せた。
「エクスプリジオンの国民として迎える大切な客人だ」
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