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王の帰還
ハルが顔を上げた。
龍神の杜人としてということだろう。
杜人を探して旅を続けていたフェルメ。水の宮殿の杜人達。水に飢えた人々……。たくさんの人が待ち望んでいた『龍神の杜人』。
漆黒の瞳に見据えられる。
「僕が望まれるなんて、光栄なことです」
奴隷として生きて来た。蔑まれて、追い立てられ、逃げるように生活してきた。急に杜人といわれて、戸惑っているし、こんな姿になってどうしていいかも分からない。
目立って仕方が無いこんな格好におどおどして落ち着かない。
ハルはゆっくりと立ち上がると、「そなたが、早くに見つかっておれば、戦況は変わっていたかも知れぬが、時は満ちたのであろう」と呟いた。
「自国がこれから攻められると聞けば、落ち着かぬ。我らはエクスプリジオンに向かうこととする。この戦が終わりを迎えし時は甘んじてこれまでの報いを受けよう」
降り続ける雨で昼間だというのに、どんよりと曇っていて薄暗い。
雨に濡れた地面の土の匂いがする。
深呼吸をして、その匂いを嗅いで落ち着きを取り戻そうと何度も深呼吸をした。
ハルは立ち上がると、「これから先、幸多きことを願っている」と言って、侍従の方へ行った。
シャルールに呼ばれたフェルメが出て来たら、僕も出立できるように頼もう。
僕には僕にしかできないことがある。
雨雲に覆われた黒い空を見上げる。
旋回していた龍は姿が見えない。
「そろそろ止んでもいい頃ですね」
横に立つ人影に顔を上げた。
血のにじむ包帯を巻いたイグニスが微笑んで見下ろしていた。
「僕もそう思います」
こんなに土砂降りが続いては他の戦地からの報告も遅れるだろう。
「シャルール様があなたを大変気に入っていることは分かります。あのシャルが、側にいてほしいと望むことは滅多にないことです」
愛することもできないと、人を愛さないし、好きにならないとシャルールは言っていた。だけど、僕には側にいてほしいと、僕が欲しいと言ってくれた。
「幼い頃より、シャルに仕えてきましたが、あんなシャルは初めて見ました。これから国を治めて行こうという大変な時なのに笑うなんて……シャルにはあなたが必要なのでしょうね」
「シャルール様は今から建国するんですよね」
そんな時に僕なんかが近くにいて何ができるというのだろうか。
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