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彷徨う者
あの湖は正に龍神の力そのもの。シャルールが浸かっていいはずがない。
水に入ったこともなかったのに。
手綱を持たされて、背中から抱きしめられて感じたのはシャルールの重みと熱い体温。
一緒に眠ったあの時もシャルールはとても熱くて……。
「……ェ? ディディエ?」
「え? 何ですか?」
名前を呼ばれて顔を上げた。
「そろそろ行きましょう。あまりゆっくりもしていられません」
一所に留まって、スオーロの兵に見つかるわけにもいかない。フェルメとともに立ち上がって、歩き出した。
もし見つかって捕まるようなことがあれば、水は再び占領されてしまう。僕達が水の宮殿に着くまでの間にシャージュ達エクスプリジオンがスオーロを制圧する。
水の宮殿に残ったエクスプリジオンの兵士と護衛に向かった兵は壊滅したと聞いている。そこから森を通ってエクスプリジオンに攻めてきたのだ。空になっているとは聞いていても、スオーロの兵が潜んでいるかもしれない。
宮殿にいた水の杜人達もどうしているのかわからない。
捕虜として残されたイグリアもどうしているのか。
先発して様子を伺う者も護衛してくれる兵もいない。人手が足りないのだ。
数人の兵を付けようかと進言もされたが、人数が少ないほうが目立たないだろうと、3人で宮殿に向かった。
もしもの時も逃げられるように。
馬を使えば早いが、身の安全のために徒歩を選んだ。
歩きながら周辺の様子を伺う。
戦を続けて、体は消耗しきっているはずなのに、徐々に力が湧いてくるのはフェルメが言ったように龍神の庇護を受けている場所が近いからだろう。時々休みながら、歩き続けた。
「ディディエ、宮殿はこの先です」
フェルメに言われて顔を上げるが、その先は木々に覆われてみることはできなかった。
徐々に暗くなり始めた空を見上げて、ふとあの龍の事を思い出した。
あの龍はきっと、湖の石像だろう。あの声は間違いなく湖で聞いた声だった。
湖が見えれば確認できるはず。今はどこにいるのか分からないが、きっと近くにいるはずだ。
「宮殿内にまだスオーロの兵が残っていることも考えられますので、私たちから離れないようにお願いします」
木々の間を抜けて、湖の畔へと出た。
「あ……」
石像はそのままの形で残っていた。
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