129 / 167
彷徨う者
僕の声は届いたのだろうか、何かが落ちる音がした。そして、宮殿の入口が大きな音を立てて開かれた。
扉の近くにいたグルードが身をかわすと、剣を持った兵士が数人飛び出して来た。
「ディディエッ、どこだ」
「僕はここに」
兵士に呼ばれて茂みから立ち上がった。
「お前は誰だっ」
駆け寄ってきた兵士は僕に剣を向けたまま尋ねる。
「僕はディディエです」
かぶっていたマントを解くが、青味がかった銀糸の髪に兵士はますます疑いの眼差しだ。
「剣を治めよ。間違いなくディディエだ」
フェルメが兵士と僕の間に身を挟んだ。
「ディディエは黒髪に黒い瞳だ、そんな姿じゃない」
「これには事情があって……イ、イグリアさん」
兵士の後ろの宮殿の入口からイグリアが駆け寄ってくるのが見えた。
「ディディエッ」
イグリアは走り込んでくると、僕に抱き着いた。
「ディディエッ……ディディエッ」
何度も僕の名前を呼んだ。背中に回された腕に力が入って……。
異変に気が付いたのはすぐだった。
「イグリアッ」
引き離そうともがき、名前を呼ぶ。目の前のフェルメからは僕の背中は見えない。だけど、異変には気が付いて、イグリアの肩を掴んだ。
それは一瞬だった。
抱き着いて、すぐだった。
背中に走る激痛。
静まり返った湖畔に、「お前なんか死んでいればよかったんだっ」と叫ぶイグリアの声が響いた。
「イグリア様っ」
肩を掴まれて引き剥がされたイグリアが手にした短剣を更に振りかざす。引き剥がされたことで後ろに下がった僕はその腕を掴んだが、イグリアの力にそのまま後ろに倒れ込んだ。
「やめろっ」
「イグリア様っ」
一緒にいた兵士もイグリアを取り押さえた。イグリアの手から短剣が落ちた。
ともだちにシェアしよう!