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彷徨う者

 イグリアはまだ何か叫んでいるが、「イグリア様っ、落ち着いてください」と兵士に宥められていた。宮殿の方から、更に数人の兵士が出てきて、「何があったんだ?」と先にいた兵士に聞いていた。 「ディディエ大丈夫ですか?」 「……背中を、切られたみたい」  フェルメが血相を変えた。 「すぐに手当をっ、総領はどこにいる。すぐにディディエの治療を……」  フェルメの声に兵士たちはハッとなって、「こちらに。総領達がお待ちです」と指示した。 「マントのフードが役に立ちましたね。傷はそれほど深くありません」 「うん」  頷いた足元にイグリアの短剣を見つけて手を伸ばした。  赤い宝石の散りばめられた短剣。  これは、イグリアの短剣だ。シャルールが赤い炎で、『加護を』と祈ったのを覚えている。 「それに触るなっ」  押さえつけられたままのイグリアが叫んだ。 「これはあなたの大切なものなのでしょう。それで、人を傷つけるなんて……」  イグリアがシャルールを愛しく思っていることは明白で、僕に難癖をつけたのもそのせいだとわかっている。  だからこそ、戦いを終わらせようとしているシャルールに背くことだと胸が痛んだ。 「じゃあ、なんでお前が来たんだっ。シャルール様は、イグニスは……どうして誰も来ないんだっ」 「シャルール様もイグニスさんも重症を負って未だ、スオーロと戦っています。僕は、水を救うためにここに来ました」  僕だって、シャルールとともに戦地に残り、スオーロに向かいたかった。  だけど、僕は龍神の杜人だった。僕には僕にしかできないことを果たさなければならない。それはシャルールの側にいてはできないことだ。 「シャルール様は戦いを、争いを無くすために尽力しているのに、その思いの詰まった刀で人を傷つけてはいけません」  手に取った短剣を握りしめる。 「奴隷ごときが、偉そうな口を利くな」 「そうです。僕は奴隷です。だからこそ虐げられている人間の気持ちが分かるんです。あなたがどうして奴隷を嫌うのかは分かりませんが、奴隷だって、同じ人間です」  握りしめていた短剣をイグリアに渡した。抑えていた兵士は驚いたが、僕は大丈夫と答えた。 「ディディエ、手当をして総領の元へ行きましょう」  フェルメに促されて宮殿の方へと向かう。  フェルメの前には、「こちらです」と案内する兵士がいる。

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