139 / 167
彷徨う者
兵士はそう言うと、「俺一人殺されたところで、無駄なことだ」と笑った。
フェルメは茫然としたまま空を見つめていて、兵士の言葉を聞いていないようだ。
「フェルメ様っ」
グリードが呼びかけるとフェルメは、「時間が無い。急ぎエクスプリジオンに向かわなければ」と僕を振り返った。フェルメの行動に唖然としていたが、「ディディエ。急いでここから出る必要があります」と強く言い寄られた。
「で、でも、龍神が応えてくれるかは分かりません」
シャルールが倒れた時は無我夢中だった。龍神を呼べるかなんて分からない。
だけど、無心に祈った。
どうか、どうかここに来てほしい、と。
鍵を持ったフェルメとグリードに加護されて、牢獄の奥で祈った。
早く、早く来て。
だけど、あの低く地を這うような声は聞こえてこない。
この湖で確かに聞いたあの声は聞こえてこない。
どうして。
僕は水の杜人じゃなかったのだろうか。この姿が確かな証拠のはずなのに、龍神を呼び出す術もない。唯生きて水が湧くのを見守ることしかできないのだろうか。
「どうか、ここに……」
つぶやいて目の前の壁にすがった。
この先にある水を、操る事ができれば事態は変わるのに。
何度も拳を壁にぶつけた。
湿った感覚に手を見つめた。
湖の水中。側面に沿って作られた最奥の牢獄。数十年も前に作られた頑丈な牢獄だ。階段はすでに老朽化が進んで水が流ていた。
手を見つめて、ハッとなって壁を探った。
何処かに亀裂があるのかもしれない。
その弱いところを突けば、この牢獄から出るすべが見つかるかもしれない。階段にもどこか亀裂があるのだろう。
腰に下げていた短剣を取り出した。
壁を探って、剣を突き刺す。何箇所も剣を突き刺しては見るが手応えは無い。
「ディディエ何をしているのですか?」
「フェルメ様。ここに水が染み込んでいます。もしかしたらどこかに亀裂があるのかもしれません」
「そんな短剣ではびくともしないでしょう」
グレードは自分の腰の剣を抜くと、壁に理からいっぱい振り下げる。
激し音だけが響いてびくともしない。
ともだちにシェアしよう!