140 / 167

彷徨う者

 水で濡れた手で剣を握り締めた。 『ドンッ』  衝撃が走った。それは握りしめた剣からの物だ。  驚いて剣を見つめる。  龍神が来たとき、確かに剣はカシャンと音を立てた。龍神の杜人の物であるのなら、この短剣は何かの役に立つものなのだろう。  両手で強く握り閉めた。 『ドンッ』  更に強い衝撃を感じると同時に、ゴゴゴゴッと地響きが遠くで聞こえた。 「なんだ?」  慌てたフェルメが振り返った。 「きっと、龍神です」  この短剣に反応したんだ。  握りしめた短剣に願う。  早く、ここに来いっ。  激しい地響きは続き、足元が激しく揺れた。 「地震だっ」 「地震だぞっ」  牢獄の外にいる兵士が叫ぶ。  徐々に激しさを増す揺れに、立っていられなくて、膝を付いた。  他の牢獄や外にいる兵士の悲鳴が聞こえる。 『ゴドンッ』  激しく物の落ちる音がいくつも聞こえる。  牢獄の前にいた兵士はいつの間に逃げたのか、その姿は無く、天井が落ちたのだろう、大きな岩が落ちてきて、その隙間から勢いよく水が流れ込んでくる。 「ディディエ、ここから出ましょう」  フェルメに腕を掴まれて、入り口へと急ぐ。持っていた鍵で錠前を開けるが、岩が落ちた衝撃と塞ぐように落ちた岩が邪魔で開くことができない。  揺れは続いていて、崩れた天井の隙間から水が流れ込んできた。  もはや一刻の猶予も無い。  強くなり続ける揺れに、掴んでいたフェルメの腕が離れた時だった。  何が起きたのか、視界はどす黒い物に覆われ、体中に何かがぶつかって来た。身体が浮き上がり、回転してどこに足や手を付いていいかも分からない。  息苦しさにもがくが、次から次へと身体に物がぶつかってきた。  口から何かが溢れて、それが自分の息だと気づくと同時に、ここが水の中なのだと気がついた。

ともだちにシェアしよう!