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第2話 聞き分けの良いお利口さん
オレの姿を視界に映した阿久津は、抱き締めるように回されていた腕を慌て離し、彼女の耳許で何かを囁いた。
「おっけー。じゃあね」
手でOKのマークを作った彼女は、その形を崩し、ひらひらと振る。
横を通り過ぎる瞬間、彼女の瞳がオレを一瞥した。
あの娘は、誰?
なんの話、してたんだ?
どういう関係なんだ?
聞きたいコトは、山のようにある。
でも、その全部が喉に詰まり、声にすらならない。
それに、こんなうざったい嫉妬心は見せられない。
きっと、見せた瞬間に、オレと阿久津の関係は、先輩と後輩に戻ってしまうから。
「誓将 先輩。なに食べます?」
背を丸めオレを覗き込みながら、問うてくる阿久津の声は、軽く上擦る。
その声は隠しきれない動揺を浮かべ、困惑気味に歪んだ笑みは、オレの機嫌を窺う。
ここでオレが素直に不満を顔に出せば、空気が重くなるのは明らかで。
「きつねにすっかな~」
何事もなかったかのように、メニューへと視線を飛ばす。
食券の販売機の前に立ち、財布を取り出す。
「あ……」
すっかり忘れていたが、今オレの財布には1万円札しか入っていなかった。
ここの券売機は、千円札か硬貨しか使えない。
「どうしました?」
後ろから覗いてくる阿久津に、苦い顔で後ろを仰ぎ見た。
「万札しかなかった……」
両替のために列から外れるようとするオレの後ろから阿久津の手が伸びてくる。
その手に掴まれていた千円札が機械の口に差し込まれた。
「奢りますよ」
「お。ありがとな」
わざとではないが、奢ってくれるというなら乗ってやろうと、背後の阿久津に笑みを返した。
疚 しいコトがあるから、優しくする。
あまりにもわかりやすい誤魔化しだが、オレは乗る。
女とイチャついていた姿など見ていないというように、奢られるコトで目を瞑る。
何人もいたセフレが、簡単にゼロになるなんて思ってない。
金を払ってでもスッキリしようとしていたセックスの権化のような阿久津が、ヤらずに過ごせるはずなどない。
オレを好きだと言った阿久津の言葉は本心だろう。
そこを疑ってはいない。
だけど、心と身体は別物で。
束縛を嫌う阿久津。
身体だけの関係なら、オレは気づいてないフリをするべきだ。
聞き分けの良いお利口さんで、いるべきだ。
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