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第3話 距離と空気と
研究室内の親睦を深めるという体で、開かれた飲み会。
一次会の居酒屋で腹が満たされたオレたちは、飲み足りない者だけで、二次会へと向かった。
場所は、阿久津が懇意にしているバー。
9人ほどで訪れたバーは、カウンターが5席に4人掛けのボックスが2つの小さな店で、ほぼ貸し切り状態だ。
一通りの注文をまとめた阿久津は、ボックス席で騒ぐ輪から外れ、カウンターに注文を通しに向かう。
オレは無意識に、阿久津の姿を瞳で追っていた。
バーカウンターから出てきた男は、出来上がった酒をトレンチに乗せながら、阿久津の耳許へと唇を寄せた。
阿久津と親しげに話すバーテンは、オレと同じくらの身長で、ふわふわの茶髪が小動物感を匂わせる。
こそこそと内緒話をするように、お互いの耳許で囁き合う2人。
阿久津の手が、バーテンの頭にぽふりと置かれ、わしゃわしゃと撫でられる。
頭を撫でられたバーテンの背に、ぶんぶんと振られる尻尾が見えた気がした。
たぶん、あいつも阿久津と身体の関係を持っている。
完全に一線を越えているであろう距離感と、2人が醸す親密な空気感。
その独特の雰囲気が、オレの胸に真っ黒な靄をかける。
戻ってきた阿久津は酒を配り終えると、当たり前のようにオレの隣に腰を据えた。
「お前でも、女の子のご機嫌取りとかすんのな?」
酒が回って耳まで赤くした奥野 が、阿久津に絡む。
阿久津の肩に腕を回した奥野は、にたにたとした笑みを浮かべた。
オレは無関心な素振りで、聞き耳を立てる。
奥野の意図が理解できていない阿久津は、不思議そうにその顔を見やっていた。
「梅桃 で、こんなちっこいコ、デートしてたっしょ?」
“梅桃”とは、高級ブティックが多数入っている大型百貨店、梅桃デパートのコトだ。
空いている奥野の手が、阿久津の胸許の辺りをうろちょろする。
肩に回されている奥野の腕を鬱陶しげに外した阿久津が、不機嫌さを隠しもせずに言葉を放つ。
「デートじゃねぇし、ご機嫌取りでもねぇよ」
デートを否定する阿久津に、奥野の瞳が細くなる。
「あれじゃねぇの? なんかやらかして、お詫びに服とか買わされてたんじゃねぇの? こっちの方が可愛いとか、あの娘、めっちゃ真剣に選んでたじゃん?」
にたにたと揶揄ってくる奥野に、阿久津は面倒そうに声を返す。
「違うっつってんだろ。お前こそ、あんなとこに、なんの用事だったんだよ」
話を掏り替えようと奥野がそこにいた理由を問う阿久津。
「ぁあ。オレは姉貴の荷物持ち。……お前でも失敗するコトあるんだなぁ~」
阿久津の策略はすぐに潰され、話を戻した奥野は、感慨深げに呟き、優越感に笑む。
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